進まない関係

 2年前、アルドレア家を継いだ俺は、ほぼ同時期にゲンゼを婚約者として迎え入れた。これは貴族的な体裁を整える意味合いもあった。

 家を継いだ新しい当主なのに伴侶的なポジショニングの異性を持っていないのは、社交上都合が悪いのである。


 ゲンゼは暗黒の末裔なので、そんな彼女を婚約者にすることは、核弾頭級の地雷を抱き締めるのと同じことなのだが、そこは覚悟次第でどうにでもなる。

 俺はゲンぜを救いたかったし、暗黒の末裔の迫害をどうにかしたかったので「俺は本気だ」という気持ちを表明したかった。暗黒の末裔たちをクルクマへ招いたのもそのためだ。

 

 とはいえ、それは建前だ。

 もちろんゲンゼのことが好きだから、俺は彼女を婚約者にしたのだ。

 ただその建前が強すぎたのか、どうにも「アーカム・アルドレアはゲンゼ・ヴォラフィオーレのことが好きである」という、すでにゲンゼに伝えたはずの事実が希薄になってしまっている。


 というのも、俺とゲンゼは婚約して2年が経過した現在も、いまだにいわゆる”そういうこと”をする関係になれていない。


 まず第一に俺からはなんというか恥ずかしいので、そういうことに誘うのは無理だ。まあ、このアーカム・アルドレア、童貞ではないので━━それもとびきりの美少女と致す仲━━、その気になれば誘うことはできなくはないと思う。

 ただ、これまでの経験を思い返すとどうにも異性側からの積極的なアプローチがあったうえでようやく夜の営みに発展できていた節がある。というかそれしかない。なので俺は童貞ではないのだが、異性へ自分からそういうことを積極的に迫るのはちょっと、うん、まあね、うん……って感じだ。


『アーカムはヘタレ』


 たまに直感がやかましい。

 こちとら童貞とっくに卒業しとんのじゃい。


 というわけで、できればゲンゼの方から来てほしい。

 彼女には俺がもう彼女のことをめちゃ好きなことは伝えてあるし、彼女のためなら「俺はアルドレア家すら泥沼のそこに沈める覚悟をしているよ!」とアピールしているのだ。彼女は俺の気持ちを理解しているはずなのだ。


 だというのに、ゲンゼは来ないのだ。

 あんまり乗り気ではないらしく、全く積極的には来てくれない。

 狩人としての仕事のせいで、たびたびクルクマを離れることもあって、この2年間ずっとチャンスを逃してきた。


 とはいえ、それでも婚約者だ。

 お互いに一緒の家で暮らしていれば、たまにそのまあ、いい雰囲気になることがあるのだ。ごく稀に。


 しかし、そういう時に限ってクリティカルな邪魔を仕掛けてくる最大の邪魔者がいる。その名は天然悪魔系女子ことアンナ・エースカロリだ。

 いい雰囲気の時、必ずアンナはドジっ子属性を発動してしまうのだ。


 俺とゲンゼの関係が発展しないのは、もちろん俺が悪い。

 それは認めよう。狩人なんて仕事してる俺は十分悪い。

 だけど、多分ゲンゼだって悪い。

 俺は好きだって言ってるのに、来てくれないんだもん。

 そして、もうひとり悪い人がいるとすればそれはアンナっちだ。

 なんで俺とゲンゼが寝室でお話していると、うっかり寝室の扉を剣で刻んでしまうんだ。あれがなければワンチャンもうセックスしてたろ。


 というわけで、俺は天然悪魔系女子アンナをできるだけゲンゼと一緒にいるときは遠くに置いておきたいのだ。彼女が嫌いとかじゃない。シンプルに危険なのだ。肝心な時に高確率でドジする危険因子は排除しなければ。


「アンナ、どうぞ向こうへ行ってもらって」

「やだ」

「いやいや、遠慮なく」

「やだもん」

 

 やだじゃない! もんじゃない!

 なんでこういう時だけ聞き分け悪いんだ!


「はぁ、まあいいか、別に家帰って早々チャンスタイムになるわけもないし……」 


 アンナを遠ざけることを諦め、俺は玄関を押し開いた。

 ムスッとした表情のゲンゼが出迎えてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る