新しいクルクマ
王都で任務を引き受けた俺は、その後、数日にわたって、俺の方の用事を済ませた。ジョブレス王家との晩餐会や、レトレシア魔法大学の魔術師たちとの顔合わせ、魔法王都魔術協会連中との顔合わせ、狩人協会技術部顧問として普段代理に全権委任している仕事の把握などなど━━。
王都にたまに来るとしなくてはいけない仕事が山積みになる。大人になる、肩書きを得る、組織で力を得るというのは、しがらみが増えることを意味する。
俺は『超能力者狩り』として、唯一超能力者に対抗できる狩人兼対アース文明の第一人者ということで、随分自由にやらせてもらっているので、その分のツケをたまに一括精算していると思えば、まあ全体としては楽している部類だ。
まあ、まだ超能力者組織『神々の円卓』を討伐しきれていないので、俺のことを嫌っている多くの狩人協会関係者たちにぐちぐち言われることはあるが。
すべてのスケジュールを終えて、俺とアンナは異空間を五度経由し、2日かけて迅速にクルクマへ向かった。
またがるのはもちろん狩人の足、霊馬グランドウーマだ。
俺もアンナもその働きを認められ、協会からこの素晴らしい馬たちを支給されているのだ。
ちなみに俺の愛馬キングはグランドウーマの中でも大柄だ。走っている時の安定感はピカイチである、長時間乗っていても疲れにくいのが自慢だ。
その分、アンナの愛馬バニク━━ひどい名前━━に比べてトロいところがあるが、まあそれも可愛いところだ。顔つきも愛嬌がある。
そろりとアルドレア邸の敷地をまたぐ。
キングとバニクを馬屋へ連れていく。
最大18頭まで収容できる大きな馬屋である。
エヴァやアディたちがクルクマにいた頃にはなかった建物のひとつであり、クルクマに狩人たちが常駐するようになったため、みんなで協力して建てたものだ。
「あ! アーカム様だ!」
「おかえりなさいませ、ご主人様!」
馬屋に入ると、数歩と歩かぬうちに声が聞こえてきた。
黒い髪に、黒いふわふわの耳を生やし、腰あたりから黒い尻尾が伸びる彼らは、馬たちの世話をしていたようだが、仕事の手を止めて、てってって、とこちらへ駆け寄ってくる。かわいい。もふもふ。
「パット、リンリン、ただいま」
言って、俺は駆け寄ってきた暗黒の末裔の子供たちの頭をそっと撫でる。
2年前、長旅の末、このクルクマに移住してきた暗黒の末裔たちは、迫害の心配のないこの地で健やかに暮らしている。
最初はクルクマの住民たちからの拒絶反応が強かったが、今ではそう言ったことも少なくなった。
もっともこれは非常に難しい問題であり、クルクマの村民たちが完全に暗黒の末裔たちへの悪感情を無くしたかというとそんなことはありえない。
村民たちはかつてゲンぜを迫害していた。
もう随分と昔のことだが、その根源的な感情は変わらない。
今、暗黒の末裔たちが目に見える形で攻撃されていないのは、このクルクマの為政者であるアルドレア家当主の俺が、それを許さないからであり、その婚約者が暗黒の末裔であり、そのまわりに何十人もの暗黒の末裔たちがいるからだ。
迫害は少数の弱いグループへ行なわれる。
暗黒の末裔はあらゆる環境で、無条件の悪意を向けられる対象だが、クルクマ村ではその法則は通用しない。少数グループでもなければ、弱くもないからだ。
これは迫害をやめさせる暴力的な手段のひとつだ。
真実の解決手段ではない。
だが、最初はこれでいい。
やがてクルクマ村民たちはわかってくれるはずだ。
暗黒の末裔たちがなにも憎悪をぶつけるべき者たちでないことを。
知らないから石を投げられる。知らないから恐い。
「思ったよりいいやつらだな」そんな風に思う機会が一度でもあればいい。
知ることが重要だ。話をすることがなによりも大事だ。
朝起きて、顔を合わせて、すれ違う。
いつの日か「おはよう」と声をかける。そうすれば物事は変わりだす。
時間はかかるだろう。長い時間が。
でも、それでも確実に物事は前へ進めるはずだ。
「ほらおいで、キング!」
「バニクはお目目が可愛いね♪」
「ばにーく!(鳴き声)」
「いつ聞いても馬肉にされるためだけに生まれてきたような声だ」
「やめてよ、バニクの悪口はアーカムでも許さない」
「誰が名付けたんですかねぇ……」
暗黒の末裔の少年と少女、パットとリンリンが俺たちのグランドウーマを連れていってくれる。あのふたりも随分大きくなった。子供の成長は早いものだ。
俺とアンナはアルドレア屋敷の玄関の前にやってくる。
さあ、久しぶりの帰宅だ。
「アンナ、先に研究所へ行っててくれますか」
「どうして」
アンナはじーっと見つめてくる。
なんとか彼女を遠ざけたい。
「いや、特に理由はないですけど……そのこの扉の先で黒いもふもふ様が待っている気がして」
「あたしはどこにもいかないよ。相棒だもん」
アンナとゲンゼをあんまり合わせたくないのよ。
まあ理由としてはアンナが天然悪魔系女子なためだ。小悪魔ではない。
どういう意味なのか。どうして俺がそう思うのか。
それを説明するのには、まずこの2年間での俺とゲンぜの関係の進捗について話す必要があるだろう。
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