王都ローレシア狩人協会支部

「シュトラウト!」

 

 シュトラウト・ヘーヴィンの仲間たちが駆け寄る。

 アンナさんは澄ました顔で過ぎ去っていく。

 恐ろしく速い手刀。以下略。


「喧嘩だぁ! うあああ!」

 

 向こうでわざとらしく叫ぶスキンヘッドの男。

 喧嘩、というワードを使って騒いでるのはあいつだけだ。

 俺はそいつの顔を知っていた。向こうも俺の方に気がついたようで、愉快げな笑みを浮かべていた。やつも狩人だ。あんまりいい奴ではない。


 食堂でアンナっちが暴れたことを協会に報告でもするのだろう。

 どんなコミュニティにでもいる告げ口太郎だ。


 ━━しばらく後


 フロントでアンナと待ち合わせをする。

 懐中時計を確認しながら、最近、流通するようになった王都新聞を目を通す。

 アルドレア家がクリスト・カトレアのブラスマント家との繋がりを使って、かの都市国家の新聞社を招いた結果だ。まだ紙は粗いし、印刷技術も未熟だが、いずれ大きな産業になるはずだ。歴史が証明している。


 俺は狩人としてだけでなく、アルドレア家当主としても頑張っているのだ。

 受け継いだからには家をでかくしたいし、クルクマをいずれは街にしたい。

 自分の領地を繁栄させたいと思うのは、統治者として当然の欲求である。


 時間になった。

 アンナがフロントに降りてくる。

 黒い外套は着ておらず、牙狩りだけを腰から下げた比較的ラフな格好だ。

 普段は常在戦場ということで外套を着こむのだが、この数年の狩人協会の評判低下やらのせいで市井の間の狩人への関心が高まっていることもあり、念のための狩人装束は夜にしか着ないよう協会からお願いされているのだ。


「おはよう、アーカム。なんか見てる奴いるけど」

 

 アンナは遠目にこちらを見ているシュトラウト一行にすぐ気がついた。

 

「俺じゃなくてアンナのこと見てるんですよ」

「私は気がつかれてないよ」

「さっきの騒ぎでよく白を切るつもりになれましたね。ジェスターに見つかってましたよ。またゲイルに怒られます」

「あのハゲもヤっちゃう?」

「目撃者を全員消すスタイルですね。嫌いじゃないですけど、やめておきましょう」

「そうだね。抵抗されても面倒だしね。アーカム慎重」


 そういうわけじゃなくて、もっと常識的な理由なのだが。

 宿を出て、協会へ向かう。


「ところで、なんで揉めてたの」

「冒険者組が突っかかってきたからですよ。見習いでしょうけど」


 冒険者組という呼び方はS級冒険者からスカウトされた狩人を示す。

 他にも叩き上げ組やら、エリート組やらいたりする。そいつがどういうルートで狩人協会員になったかの呼称である。


「あんな身の程知らず、ぶっ殺してよかったよ」

「良い訳ないでしょう」

「アーカムなら許されるよ」


 アンナっち過激すぎます。

 

 冒険者ギルドの近くにやってきた。

 この区画には魔術協会もあり、付近に武器屋や防具屋、鍛冶場に訓練場などが続いている。客に冒険者に職人に商人などの往来が盛んで、特に人口密度が高くごちゃっとした雰囲気がある。


 そんなごちゃったところに狩人協会への入り口はひっそり存在する。

 看板に狩人協会とかは書かれていないので注意が必要だ。

 いくつかある入り口を不規則にランダムに使い分けることで、探す者の目をごまかしている。


「前回はギルドの入り口を使ったので、今度は酒場のやつで」

「アーカムに任せるよ」


 俺とアンナは朝の酒場へやってきた。

 朝から始まる酒場は、酒飲みたちの楽園だ。

 まだ人は少ないが、すでにちらほら姿がある。

 

 店主とひと目合わせると、チラッと酒場の奥を見た。

 合図である。店主が見た方向で入り口の安全状態がわかる。

 店主は協会のエージェントだ。もし仮に酒場に怪しげな監視者などがいた場合、狩人が狩人協会のアジトへ入る瞬間を目撃される可能性がある。

 それは避けなければならない。だから問題ありなら、問題を排除するか、別の入口を使うか、しばらくアジトに近寄るのは控えなければならない。


 今回は異常はないようだった。

 素直に入って良さそうだ。


 狭い通路を入る。

 すぐに銀色の剣がクロスされた退魔の印が目に入る。

 大抵の怪物に効果を発揮する銀であるため、飾るだけでも魔除けになる。気休めだが。


 広々とした部屋にきた。

 体育館くらいの広さで、長机が30席×6列でブワーっと並んでいる。

 ここは魔法王都狩人協会の中央情報管理局である。

 ものすごい数のオペレーターたちによって日々怪物たちの足取りを追う報告書が上がってきては、狩人を現場に派遣したりの指示を出しているいわば協会のブレインだ。余談だがオペレーターはおばちゃんが多い。


 左右に無数の机を眺められる中央の通路を歩く。

 一番奥に狩人協会支部長の机がある。横に20mくらいの長さを誇る長机をデスクにしている席だ。机のデカさは実用性ではなく、この場で誰がボスなのかを示すための者だ。


 支部長のデスクの前、人影がある。

 くるっと振り返って、こちらへ歩いてくる。

 スキンヘッド野郎。ジェスター・ジェステニアン。嫌なやつだ。


 すれ違うちょっと手前で立ち止まり、口を開く。


「今朝は大活躍だったな」

「どうも」

「お前たちみたいなのがいるから協会の評判はガタ落ちだ。その血塗れ女の手綱しっかり握っておけよ、アルドレア」

「こいつヤっちゃう?」


 めっ、アンナっち、め。

 

「狩人協会への昨今の風当たりの強さは怪物被害によるものだ。訓練学校で何を学んだか知らないが、少しは活躍してくれよ、エリート殿」

「アルドレア、てめえ……」


 ジェスターの肩をわざとぶつけて通り過ぎる。

 支部長の机までやってきた。


「待っていたよ、アーカム・アルドレア、アンナ・エースカロリ」


 狩人協会支部長ゲイル・コロンビアスは愉快そうに言った。50代前半の灰色の髪の男だ。頬がこけていて目が死んだ魚みたいだ。

 まあ協会員ではみんな死んだような目をしてくたびれているので珍しくはないが。この人のは一層ひどい。

 支部長なので協会内でも偉い立場にいる。


「昨晩はご苦労。君たちが討伐した人狼は危険な個体だった。これ以上被害が出る前に処理できてよかった。そして今朝の活躍聞き及んでいるよ」

「アンナは反省してます」

「クーン」


 アンナは眉尻を下げ、申し訳なさそうにする。


「随分演技が上手くなったな、エースカロリの妹」

「それほどでもないです」

「ドフィリア医師の解体が終わった。早速だが、ふたりともゲオニエス帝国へ行ってもらえるか」

「はぁ、王都に来いって言ったり、ゲオニエス行けって言ったり」


 またしばらくクルクマに帰れなそうな雰囲気になってきたな。

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