飛翔する青
やわらかいベッドで目を覚ます。
カーテンの隙間から陽が差し込んできている。
朝だ。起き上がり、身支度を整えて朝食を食べに一階へ降りよう。
ここは高級宿屋『黄金のふてぶてしい猫亭』、冒険者ギルドを3ブロック先にみる王都でも指折りの宿である。料理に高い評価を持っており、部屋もとても綺麗だ。ベッドのシーツは清潔だし、よくわからん絵画も飾ってある。
A級、S級の冒険者や羽振りのいい商人、旅の貴族などが利用していることはこの2日ほど滞在してわかったことだ。
朝食は食堂に守られているパンとジャムと野菜類、それと肉などを勝手に持っていくスタイル。バイキングあるいはビュッフェと呼ばれる形式だ。
「その杖、良い品だな」
チラッと視線を向ける。
二枚目な顔立ちの青年が立っていた。
背後にはギョッとした様子の少女と、大きな体の男がいる。
白い厚皮の外套。つまり白い狩人。
パーティ、3名。リーダーの蒼髪。推測するに……S級冒険者パーティ『飛翔する青』か。
「杖について教えてくれないか」
「ウェイリアスの杖。89cm。芯は風と水魔獣の魔石。筒はアガレア黒樹」
「その特徴的なエングレーヴ、オズワール・オザワ・オズレだろう。良い杖だ。譲る気はないか」
無視してパンをハチミツにつける。
「500万マニーだそう。俺なら出せる」
「売り物じゃない」
「……お高くとまりやがって。俺を誰だと思ってるんだ」
シュトラウト・ヘーヴィン。魔法王国が誇るS級冒険者。
若干18歳にして頂点に上り詰めた歴史的な天才魔術剣士。
すごい才能なのは認める。実力もあるんだろう。自信を持つのもわかる。
「お前、狩人なんだろう?」
「……」
「この宿屋には金持ちしかいねえ。貴族か、商人か、冒険者か。どうにも商人には見えねえ、太ってもねえし、趣味の悪い金品を身につけてもない」
良い考察だ。
「貴族でもねえ。なんとなくな」
貴族ではあります。田舎の四位貴族ですみませんね。
「この宿に泊まれるような冒険者はだいたい網羅してる。王都のA級以上はみんな俺に会いたがるし、だから会ってやってるから顔見知りさ。なのにお前ときたら、俺のことを見ても澄ましてやがる。俺たちもS級になってもう半年だ。いろんな貴族に会ったし、いろんな偉いやつに会った。狩人がどういうところに潜んでるか知ってるんだ」
裏側に関する知識と探そうという意識があれば、狩人っぽい人間は割といる。
シュトラウト・ヘーヴェンは良い嗅覚をしている。
「俺のような強いやつが必要なんだろ、狩人協会は」
その通り。
「コンタクトがあった。伝説の秘密結社に認められたんだ」
それはすごい。
「このところはあんた達の体たらくはひどいもんだ。怪物に負けに、負け、民はあんた達への失望でいっぱいだ」
この数年の厄災達の隆盛はすさまじい。
怪物派遣公社へ加わる者達が増えているせいだ。
そのせいでこれまで平穏を貪ってきた者達が、狩人協会に数百年ぶりに注目しだし、ありとあらゆる悲劇の責任を求めてきている。
「俺が救ってやるよ。世界は本物の英雄を求めてる。これまで何人か狩人に会ったが、みんな嫌なやつだった。クソ野郎どもだ。高くとまって、俺たちのことを見下してやがる。そりゃ羨ましいだろうな。俺は英雄だ。多くの者に名前を覚えられてるし、華やかな名声を集めてる。だから嫉妬はよくない。内容を見ないとな」
「んっん。世界を救いたいなら朝のバイキングで高級品の杖欲しさにカツアゲしてる場合じゃない。あとこの杖はやらん」
話をするだけ無駄なので、俺は席を立ち、背を向ける。
「逃げるのかよ、狩人さん」
「逃げるさ。S級冒険者の天才魔術剣士を相手にするのは怖くて敵わない」
早々に食堂をあとにした。
変なやつがスカウトされたな。
狩人協会も人材不足がいよいよ顕著だ。
「アーカム、あいつヤる?」
食堂の入り口ですれ違ったアンナっちが恐ろしい事言ってます。さっきのやり取りを聞き耳立ててたのか。
「朝から血飛沫見たくないですよ。どうか穏便に」
「アーカムがそう言うなら」
「ありがとうございます」
渋々アンナは抜きかけた刀を鞘にしまう。
感謝しろよ、シュトラウト・へーヴェン。
俺は今、お前の命を救ったぞ。
「うわぁあ! 喧嘩だ!」
「シュトラウトが倒れたぞ!」
振り返るとさっき噛みついてきてた青年が絨毯のうえな倒れていた。すぐ横を何食わぬ顔で過ぎていくアンナっち。
前言撤回だ、シュトラウト。
俺はお前を救えなかった。
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