意味を繋ぎ続けること

「私とリリーは幼馴染でしてね。辺鄙な故郷から冒険者としてスタートして、都に来て……そこで狩人になれるだけの素質があるからとスカウトされたんです」


 デブローの物悲しげに過去を話し始めた。


 この2年間、ずいぶんと狩人として怪物と戦ったが、いつもそうだ。

 人の死は絶えない。俺はいつも感謝される。

 仇をとってくれてありがとう、と。

 でも、それを素直に喜べたことは少ない。


「仇をとってくれてありがとうございました、アルドレア殿」

「ええ、まあ」


 曖昧な返事を返す。どういたしましてとは返せない。


「私もあなたのように強かったらリリーを救えたんでしょうか」

「……状況によります、かね」

「……。すみません、意味のないことを尋ねてしまいました。私は弱く、もう失ってしまった。その事実が覆りようがないというのに」


 デブローは口元を引き結び、目元を押さえる。

 

「本当は限界を感じていたんです。自分の死を間近に感じるこの世界に。だからこの仕事を最後にしようと思ってました。高い報酬のおかげで、十分に蓄えは貯まったし、ふたりで故郷に帰って、それで、平穏に暮らそうって。怪物をもう見ずに済むように」

「……」

「でも、もう何の意味もない」


 デブローの頬を滴が伝う。

 ついぞ堪えることができなくなったのだろう。


「……デブロー殿。僕は力に恵まれました。だから生き残れてしまっている。多くの屍と置き去りにされた者も見てきました。いろんな選択を見ました」


 気がつけば俺の口は動いていた。

 何か言葉がかけられる立場ではない。

 偉そうな講釈ができるほど立派でもない。

 弱っている者には共感するべきだろう。

 だが、それでは意味がない。

 意味が繋がらない……のだ。


「狩人を続けてください、デブロー殿」

「厳しい言葉をかけられるのですね。アルドレア殿は。もっと優しいと思ってましたが」

「連続なんです。全ての死は、狩人たちの死は順番に来る。あなたはアンナに言ったそうですね。リリー・ハイブラが死んだから、あなたは生き残り、僕たちへ応援要請を出し、引き継ぐことができた。そこで意味は繋がった」

「何が言いたいんですか」

「僕の師がこだわっていたことがありまして。彼は怪物殺しの伝説的なスペシャリストでしてね、自分が育てた弟子が殺されまくっているというのに、技の継承をやめなかった人間でもあるんです。彼は第二の血脈の断絶者になろうとする者を快く迎え入れては死地へ送り出し、そして死なせた。ひどい人だと思いますか。僕はひどいと思いました」

「テニール・レザージャックのことですか。私は彼のことを詳しくは知らないです」

「そうでしたか。師匠の武勇伝を語ろうと思いましたが、では伝えたいことを絞るとします。リリー・ハイブラの戦った意味を繋いでください。それはあなたにしかできないことだ。彼女だけじゃない、ここに至るまでに枯れ葉の如く散ったすべての狩人の意志を絶やさないために」

「……。残酷なことを言う。戦い続けろと、あんな危険な化け物相手に。私もすぐに死んでしまう。どんなに勇ましくあっても、最後は暗い絶望のなかでひとりになる」

「大丈夫ですよ、あなたが戦った意味もまた、僕が繋ぎます。僕は強い。機会さえあれば怪物どもを根絶やしにできる」


 俺はデブローの瞳を真っ直ぐに見つめていう。

 揺れる瞳がこちらを見つめ返してくる。


「すべての者たちの、戦った意味は僕が繋ぎます。継承し続け、やがていつかの遙かな勝利へ連れて行きます」

「アルドレア殿……」


 いろいろとこれまで考える機会があった。

 さっきも言った通り、俺は生き残ってしまう側だ。

 師匠もまたそうだったのだろう。だから彼は残酷で誇り高い継承にこだわった。


 師匠が見届けてきた死は、師匠から託された現代の俺たち、兄弟子のアヴォン・グッドマンや、俺やアンナのなかへ繋がった。もちろん師匠の死も。

 その意味を、積み重なった敗北と勝利と死を、終わらせるわけにはいかない。

 死を見届け、悲しみに触れるたびに、俺のなかで意志は強くなっていった。


「はぁ、どうせなら私もそちら側の狩人になりたかった」

「程度の問題ですよ。僕もいつかは死ぬでしょう。そして誰かが意味を繋いでくれる」

「あなたは死にませんよ。強すぎる」

「そう言う言葉は筆頭狩人たちへ残しておくべきでしょうね、デブロー殿」

「彼らに会ったことが?」

「ええ。変な人の集団ですよ」

「それは興味深いですな」

「おっと、今の発言は他言無用でお願いしますよ。僕も立場がありますから」

「もちろんですよ」


 デブローは薄く微笑む。


「でも、あなたは若い。まだ強くなるのでしょうね」

「どうですかね。割と限界を感じ始めてはいますが」

「そうは思えない。あなたはあの強力な人狼を前にまるで怯んでいなかった。……あなたに会えてよかった。私もリリーも、その戦った意味が終わることはないと知れた」

「これは僕の考えであって、他人に強要するものでもないです」

「わかっていますよ。でも、少なくとも、もう暗い絶望に怯えてはいません。生き残る側の狩人たちは皆、同じ考えへ至るのでしょう。彼らがこんな恐ろしく危険な仕事を続けている意味、アルドレア殿のおかげで、少しだけ理解できた気がします」

 

 デブローは背を向けて歩き出す。

 

「アルドレア殿、どうか私も意味も遥か先まで繋いでくださいね」

「ええ。わかりました」


 静かになった屋根上で俺はぼんやりと夜空を見上げる。

 またひとつ、託されてしまった。

 

「はぁ。みんな俺に託しすぎだって」


 ずいぶんと重たくなってきた。

 ただ、それも仕方のないことだ。そういう生き方を選んだ。

 責任を持って狩人の役目を全うするとしよう。師匠がそうしたように。

 意味を絶やしてなるものか。


 寒くなってきた。

 そろそろ協会に戻るとしよう。


 俺は腰をあげ、路地裏へふわりと着地する。

 夜の闇に身を溶けさせ、静かに教導地区をあとにした。

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