お仕事完了
アーカムは気まずそうな顔をした。
(また始まってしまった、アンナっちの悪癖が。よくない。よくないよ。そうやって流布するから角が立つんでしょ。めっ、アンナっ血、めっ!)
「アンナがたまに『アーカム最強!』しか言わなくなっちゃうのは仕様です。気にしないでください、デブロー殿」
「なかなか個性的な女性ですね」
スカルはやや引き気味にアーカムへ向き直る。
「その人狼は今回の事件の主犯と思われる医療院院長ドフィリアの場所を知っていたかもしれません。殺すべきではなかったかも」
「そのことですか。━━大丈夫です、今、そのドフィリアを見つけました」
アーカムは眉間をモミモミしながら、キリッとある方角を睨み付ける。
「どういう意味です。なんの根拠があってそんな━━」
「アーカムは最強なんだよ。あんたは黙ってついてくればいいんだよ」
「エースカロリ殿、流石に盲信が過ぎるのでは。論理的じゃないです」
「アーカム最強、アーカム最強!」
「だめだこのエースカロリ殿……アーカム殿、もっと論理的な説明を求めます」
「デブロー殿。これは論理じゃあない。だから説明はできません」
「説明できないって、なんですかそれ」
「勘です」
アーカムは夜の街を自信ありげな足取りで進む。
アンナはその後ろをホクホクした顔でついていく。
スカルは当然のように強い猜疑心を宿し、でも、ついていくほかない。
地下下水道へ降りると、すぐに目的の人物は見つかった。
下水の一角、そこには錆びついた寝台が所狭しと並べられ、医療院の地下室に近しい雰囲気が濃厚に漂っていた。潜む者が身を寄せる隠れ家である。
「だ、誰だ、貴様たちは!」
灰色のローブを包んだ老人が慌てた様子で近くの杖を手に取った。
「ドフィリアだな。お前を拘束して、尋問するためにわざわざクセェ下水道に足を運んでやったぞ。茶のひとつでも出して欲しいんだが」
アーカムは不遜な態度でドフィリアへ話しかけながら、周囲に逃げ道がないことをチラッと確認する。狩人として活動する中で自然と身についた癖であった。
「ひい……! お、お前たち、さては狩人協会だな……! 追い払ったというのにまたしても来るなんて!」
ドフィリアは「やつを殺すんだ!」と寝台を蹴っ飛ばす。
寝台同士がぶつかりあって、寝ていた4匹の怪物たちがむくりと起き上がる。
だが、わざわざ怪物が目を覚ますのを待っている狩人たちではなかった。
アーカムたちは怪物たちを、寝台ごと叩き切り、一切の抵抗をさせないまま瞬時に4匹の息の根を止めた。
「あ、ああ、クソぉ! 死して礎となれ━━《ボラ》!」
紫色の光がドフィリアの杖から放たれた。
死の魔術。闇の魔力に傾倒した者が扱う恐るべき禁忌の魔術である。
触れれば最後、命はない。
だが、それでどうこうされる者であれば狩人にはなれていない。
アーカムは左手を腰の杖に置き、右手で死の魔術を叩いて受け流した。
「素手で触ったのか貴様……!」
「まさか」
アーカムは風の魔力をまとわせていた右手を軽く振って、風邪を放つ。
風はドフィリアの手首に命中。ボギ。骨の折れる音と共に、杖が落ちた。
━━アーカム・アルドレアの視点
屋根上で腰を下ろす。
赤茶けた瓦の屋根は雨のせいで一面が濡れているが、狩人のコートは防御力を確保するための分厚い革製だ、なので水の染みる心配はない。
顔を上げる。空気は湿った匂いに満ちている。星空が綺麗に見えた。
「晴れたか」
今朝から降っていた雨は止んだらしい。
眼下では夜中の大騒ぎに教導地区の市民たちで溢れている。
あれだけ暴れれば当然のリアクションではある。
王都で厄災の怪物が暴れたとなれば、きっと狩人協会へチクチクとした批判が向けられることだろう。まあだからどう言うことはないのだろうが。
「アーカム」
アンナが屋根にピョンっと登ってくる。
腰には分厚い鞘に収められた刀が下げられている。
「牙狩りの調子はどうでしたか」
「よかったよ。専用の機構があるから普通の剣よりずっと血の魔術との相性がいい」
「パワーアップですね」
「でも、あたしもアーカムと同様に燃費を気にする年頃かもしれない」
「消耗が激しいという垂れ込みは本当だったわけですか」
この度、めでたくも姉上様と同じ武装を振り回すに至ったアンナだが、そこから先もまだ道のりは長いというわけだろうか。
「魔法王国騎士団が下に来てるよ」
「こんな深夜なのにお早い到着ですね」
教導地区にいる怪物はすでに一掃している。
残党はいない。直感を使ってのクリアリングも済んでいる。
あとのことは騎士団に任せていいだろう。怪物の遺骸の後片付けとか。
「よし、それじゃあ行くぞ」
屋根上に転がっているドフィリア医師。
口は塞がれ、目も塞がれ、ぐるぐる巻きに縛られている。
「有意義な時間を協会が提供してくれる。楽しみにしとけ」
「んーっ、んーっ!」
アンナはドフィリア医師を肩に担ぎ、こちらへうなづくとサッと路地裏の闇に溶け込んだ。
「噂以上ですね」
「おや、デブロー殿。まだいたんですか」
スカル・デブロー。白髪の無害そうな優しい顔の男。
教導地区で不穏な影を追い調査に乗り出していた。
騎士団を呼んでもらったところで彼の仕事は一旦終了だと思ったが。
「あなたへお礼を言っておこうと思いまして」
デブローは懐からメダリオンを取り出す。
夜の闇に冷たく光る。人間のコイン。おそらくは彼の相棒だったというリリー・ハイブラのコインであろう。彼女は先の調査で犠牲になった狩人だ。
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