人狼討伐
「なんだ、と、あいつ、まさか吸血鬼の力を……小癪な!」
人狼は強力に再生をかけた。
傷口が広がるよりも早く、斬撃箇所を癒すことに成功した。
スカルとアンナはその様を屋根上から見下ろしていた。
「凄まじい威力だ……銀を使わずに吸魂の射程外からあれほどにダメージを与えられるとは」
スカルに驚きを隠せなかった。
(さっきの血の攻撃、恐ろしく長い射程だった。エースカロリの奥義は星すら撃ち落とすと言われているが……彼女なら銀に頼らずに倒し切れるかもしれない)
人狼は他者から吸収した魂の分だけ寿命を伸ばし、また外敵に負わされた傷を癒すことができる。裏を返せば、再生には限界が存在するということだ。
人間にとって近づくことすらままならない吸魂の能力は非常に厄介だ。
だからこそ、長い射程で攻撃を加えダメージを重ねることで、人狼の再生限界まで持っていくことが理屈の上では望ましい。
「魔術師がいなくともこのまま削り切れそうですね」
スカルはアンナの卓越した実力に尊敬と期待を向ける。
だが、すぐに異変に気がついた。
アンナの顔色が悪かったのだ。ただでさえ白い肌は蒼白になっている。
「エースカロリ殿?」
「大丈夫。あいつを倒すくらいなら問題ない」
血の狩猟術は使用するたびに体内の血が少なくなっていく欠点があった。
すでに怪物を3体ばかり屠り、さらに牽制のために血のあられを放ち、長射程を一回使った。長射程の血は回収して体に戻せるとはいえ、やや血の力を使い過ぎではあった。
(新装だからって意気揚々と”牙狩り”を持ってきたけど……カトレアの祝福も持ってくるんだった……話に聞いてたけど、消耗がえげつない)
アンナは居合斬りに使用した血を体内へ収納しつつ、体調を整えていく。
貧血から多少回復し、顔色も良くなった。
「あと3回くらい長射程で斬りこめばやれるかな」
「その前にエースカロリ殿の方が死ぬんじゃ……」
「雑魚は引っ込んでていいよ。対人狼装備なんか持ってないんでしょ」
「そうですけど……ん?」
辛辣なアンナに返す言葉を探すスカルは、ふと、通りに人影を見つけた。
すっかり夜も深くなり、人気のない濡れた道を、その影はてくてく真っ直ぐ人狼の方へ向かって歩いてくる。
アンナも人影に気がつき「ああ」と、どこか安心した風に声を漏らした。
「あれは……」
通りの人影、黒い外套に身をつつんだ青年は、人狼のそばで立ち止まる。
背は高く、体は厚い。よく鍛えあげられているのが服の上からでも見てとれる。髪は黒く、瞳には星々が浮いている。
青年は屋根の上にアンナとスカルがいることを確認し「ふむ」とひとつうなづくと、外套を翻し、腰に差してあった杖にそっと手をおいた。
「新手の狩人か!」
「安心しろ。俺で最後だ」
空気の割れる音。低音の悲鳴。地面を走る氷。
人狼は凍てつく波動に脅威を感じ取った。
(魔術師か!)
人狼は大きく息を吸い、魔力を込めて、凄まじい咆哮を放った。
咆哮は地面をえぐり、通りに面したすべての窓ガラスを破裂させる。
「おしゃれなやつだ」
新手の狩人はその場を動かない。
視線は揺るがず、咆哮を見据えている。
彼の目の前で、破壊の波が砕けた。咆哮とそれが繰り出す風の塊が霧散する。
(っ! こいつ俺の魔力を
青年は手を空へかざす。
今しがた砕いた咆哮が再収束し、鋭い弾丸となって放たれた。
ノータイムで撃ち返された弾丸から、人狼は分厚い筋肉を隆起させて身を守ろうとする。弾丸が人狼の筋肉を破り、出血を強いた。
「なかなかの威力だ、だが、この程度ならばすぐに再生して……」
人狼の傷口が凍りつき始めた。パキパキっと音が鳴る。
結晶化した血が花となり、傷口を悪化させながら、全身と覆っていく。
人狼は知らなかった。人類が数世代先にようやく辿り着く魔術を。
ある魔術師が、たどり着いたひとつの魔術に複数の属性を込める技を。
結晶化は人狼の全身にすばやく作用し、内側から体を静かに殺しつつあった。
動けず、ただゆっくりと死を待つだけとなった人狼。目の前に青年がやってくる。必死に周囲から魂を吸い取ろうとする。
「吸い取れない……?」
凍りつかされたことで普段とは比べほどにならないほど、魔力の流れが鈍重になっていることを人狼は理解できなかった。
「アーカム、ありがとう。でもすごく遅いと思う」
「すみません。せっかく王都まで出てきたんで野暮用を済ませてまして」
「仕方ないけど、許さない」
「ええ……」
人狼は虚な眼差しで青年を見やる。
「アーカム……アルドレア……お前、がアーカム・アルドレア……か」
「俺を知っているのか」
「は、はは……公社はお前を、逃さない、どこへ逃げようとも、必ずどこかで捕まえる……」
「なんだ、お前も怪物派遣公社の所属だったのか。━━この2年、逃げも隠れもしてないだろ。お前たちこそ恐がっていないでさっさと挑んでこいよ」
アーカムは凍りついた人狼を蹴り崩した。
「殺すのは早かったのでは、アルドレア殿」
「ん。あなたは」
「失礼、私はスカル・デブロー。教導地区での調査を担当していました」
「ああ、あなたが」
アーカムとスカルは固く握手を交わす。
「噂はかねがね。なんでも『世界最強の魔術師』を名乗っているとか」
「別に名乗ってはないですよ」
アーカムは慌てて訂正する。
スカルは「そうなのですか?」と首を傾げる。
「アンナが言いふらしてるだけです」
アーカムはアンナの方をチラッと見やる。
「事実だよ。アーカム最強。アーカム最強」
「エースカロリ殿は彼の熱狂的なファンだったんですね」
「ファンじゃないよ」
「いや、どう見ても……」
「ファンじゃない。相棒」
「……」
「あたしのアーカムは最強なんだ。あんたにその事が少しでも伝わってくれたら嬉しいな」
アンナは淡々とスカルへ言い、腰に手をあて、誇らしげに胸を張った。
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