医療院の調査
表の看板には「医院長の体調が優れないため、しばらく閉院します」と看板が立てかけてあった。
アンナは構わずに重厚な玄関扉を開く。
医療院へ足を踏み入れる。エントランスに人影はなく、受付には誰もいない。
しとしと降る雨音が静かな空間に響いている。
アンナは濡れた足跡をつけながら、カツカツっとブーツの底で音を刻む。
「上」
視線を上方向へやった途端、影が飛び降りてきた。
天井のシャンデリアに潜んでいたのは、骨張った体の怪物だ。
アンナは構わずに一刀の元に斬り捨てる。ぐちゃっと臓物と血がエントランスの絨毯を汚した。
それを機に受付の影からさらにもう1匹、通路の側からも「アア!」と叫びながら飛びかかってくる。
アンナは1体目を蹴り飛ばし、壁に叩きつけ、瞬時に血を結晶化させたものを投擲、壁に磔にすると、続く2体目を血の刀で斬りつけた。
しかし、浅い。袈裟懸けに入ったが、命を一撃で断つには至らなかった。
怪物は跳ねるように下がる。すぐに再生が始まる。
「放っておいてはいけないです!」
「ん」
アンナは入り口へ視線をやる。スカル・デブローが剣を片手に咎めるように叫んでいた。
「もう死んでるよ」
アンナの平熱な返事にスカルは訝しげに再生する怪物を見やる。
「イ、ダい……っ、クルし、い……!」
怪物は苦しみも悶えながら、膝をつく。
袈裟懸けに走る傷口がぶくぶくと沸騰するように泡立っていた。
皮膚の下の血管を膨れあがり、異様な変形をしている。
やがて怪物は痙攣しながら崩れ落ちると、蒸気を吐く血だまりのなかでぐつぐつと溶けてしまった。
アンナは壁に磔にしていた怪物へトドメの一撃を刺す。
スカルは異質な狩猟術にどこか怯えたような、あるいは畏れるような目線をアンナへ向ける。
「エースカロリ家に伝わる血の狩猟術……対吸血鬼の技とは聞いてましたが、もはや吸血鬼そのものです。さすがは一族最高の天才と名高いアンナ・エースカロリですね」
「……あっそ」
アンナは不機嫌そうに言い、怪物の死体から刃を抜いて、斬り払うように血の刀を解除し、金属刀へ戻してから納刀する。
「気に障ること言いましたか。噂に聞く実力への賞賛のつもりでしたが」
「世の中にはすごい怪物はいっぱいいるからね。それとすごい狩人も。あたしなんて大したことないよ」
アンナは自虐的に言うと、背を向けて医療院の奥へ足を向けた。
スカルも後を追った。
「ついて来なくていいって」
「あなたのそばの方が安全そうだ」
スカルの言にも一理あったので、アンナはそれ以上言い返さなかった。
医療院の捜査を進めると、地下室があることがわかった。
地下の扉には鍵がかかっていた。
アンナは剣気圧を纏った手で貫手を作り、分厚い地下扉に4つの穴を空けて、蝶番を破壊し、グラグラになった地下扉を足で蹴り飛ばす。
地下には怪しげな実験室があった。
湿った空気で満ちており、かびくさかった。
壁際の戸棚には濁ったガラス瓶が整頓されて陳列されている。中身の液体の正体は不明であったが、アンナはそれが何なのか知りたいとは思わなかった。
「寝台に老人の遺体が並んでいる……人造怪物、いや、死んでるように見える」
「人造怪物はまだ実験的な代物のようですね。人間を怪物にするプロセスには課題がまだ多いのかも」
「そのための人体実験を? 話にあった患者を流用してると言うのは実験体の確保が目的かな」
「教導地区には富裕層が多いですが、路地裏には浮浪者がいくらでもいます。医療院は慈善的に医療を提供する名目で、身寄りのない浮浪者で遊んでいたのかもしれませんね」
「一体何のためにこんなことをするんだろう。何かわからないの、スカル」
「闇の魔術師のやることですよ?」
スカルは気にしても仕方ないっとばかりに肩をすくめる。
「奥がある」
アンナは地下室の奥へと向かう。
「っ」
奥の部屋に足を踏み入れた途端、スカルはギョッとして身構えた。
そこは手術室らしく、寝台にやたら体躯のでかい男が横たわっていたのだ。
「死んでるみたい」
アンナは男の体に触れ、死んでいることを確認する。
机が目についた。
実験記録などを保管する棚もある。
アンナとスカルは資料を盗み見ることにした。ここで何が行われていたのかを確かめるために。
「人狼と人間の融合……?」
「進化論者は間違っている……吸血鬼ベースより、人狼ベースの方が遥かに実現性が高い……?」
「『進化論者』、何者なんでしょうか」
アンナとスカルは顔を見合わせる。
医療院の院長ドフィリア医師が行っていた人狼に関する研究。
その多くはざっと見ただけでは、素人に理解できるものではなかった。
「ん?」
アンナは資料のひとつに奇妙な記述を発見する。
「人狼研究の副産物……? 人狼石状態でなくても一時的な休眠状態を再現する薬の開発。人狼に使用すれば活動を渇きの抑制に使え、肉体活動を著しく沈静させることが可能……効果は数日〜10日に及び、効き目にはムラがある模様」
「人狼に使う薬が偶発的に開発できたとありますね。人狼狩りにも応用できそうな価値ある代物です。あるいは人狼側にとっても人間を喰らう根源的衝動、渇き、の抑制に使えるのかも……ですが、人狼がいないと試用すらできないんじゃ」
「いるってことじゃない」
アンナはボソッとつぶやく。
━━ガチ
物音がした。二人はそっと背後へ振り返る。
手術室の寝台、横たわっていた大柄の男は手首をさすりながら起き上がる。
男の瞳の色が黒から、黄色く変貌していく。獣特有の縦長の瞳孔がギュンっと小さくなる。獲物を襲う眼差しはアンナとスカルをしっかりと捉えていた。
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ファンタスティックです
更新頻度上げると思ったがあれは嘘です
3日1回で許してほしいです
そして訳あって前より物語の結末を急ぐ気持ちがなくなったので、若干ゆっくり進めようと思います よろしくお願い申するます
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