化け物のような狩人とキサラギのようなアーツ

 義眼のウィーブルは優秀な学者であった。

 ホブウィット大帝国神秘学院考古学部神代魔術学科の権威のひとりであり、こと古代世界の神秘研究において最前線を走ってきた。


 ウィーブルは学生の頃から卓越した才能を誇る若者であり、魔法界でも名を馳せたが、しかし、それは彼自身を満足させるには至らなかった。

 

 ホブウィットへ反旗を翻し、倫理的問題を蔑ろにした探究を行ってでも、ウィーブルには成し遂げたいことがあった。

 天才は近づくことさえ禁忌とされる古代の神を目指したのだ。


 誰よりも才能があり、魔術師たちを惹きつけるカリスマがあり、だからこそその目標は着々と現実になろうとしていたのだ。


 神の墓を掘り当て、亡者を退け、深部へ到達し、ようやく聖体を見つけた。

 度々、邪魔者を退けるために犠牲を払ったが概ね順調であった。


 ここまで敵対組織━━主にはホブウィット、魔術協会、狩人協会━━を退けられたのはウィーブルの五角という狩人を撃退できるほどの戦力があったからであり、筆頭にして大剣豪白狼のロレンスがいたからである。


 そのロレンスが傷だらけになってウィーブルの目の前に現れた。

 かつて一度もこれほどに追い込まれた白狼を見たことがなかったウィーブルは、敵の脅威度がいかに高いかを理解した。


 敵は2名、否、3名だ。

 黒い外套を着た二人組、どちらも若く、少年と少女と言って過言ではない。

 暗い通路の方にも魔力の気配があった。水の魔術が飛んできたのも通路からであった。そこに第3の敵が潜んでいることは自明だ。


「この魔術は……!」


 ウィーブルは視界を塞ぐほどの巨大な凍てつく暴風域を凝視する。

 魔術領域の展開速度、込められた魔力量、共に尋常のなせる技ではなかった。

 さらに驚愕するべきは、その暴風域は複数の属性魔力によって構築された極めて高度な魔術であることだった。


 長年、ホブウィットで教鞭をとってきたウィーブルをして名も知らぬ魔術であった。


(オリジナルスペル……! これは稀少属性の氷! そして風……否、まさか水属性による補助もしているのか……!?)


「水と氷の親和性を利用した、凍結範囲と速度の原理的底上げ、風による凍結対象の動的破壊! 信じられん」


 自分が天才と謳われてきたからこそ、魔術への造詣が深いからこそ、理解することができた。目の前の若き狩人が現代魔術を置き去りにする、次世代の魔術を使っていることを。


(狩人協会め、化け物を送り込んできやがった)


 少年は魔術を解除する。

 手には剣を握り、鎧のようなものも纏っている。

 

(ロレンスに剣を挑み、極めて高度な魔術を行使し、稀少属性を含む多重属性を操るか、やつを早々に仕留めなければ!)


「攻撃開始、やつに好き勝手させるな」


 黒いローブの魔術師たちは続々と詠唱を開始する。

 ウィーブルは魔術師たちの背後へ下がり、安全な位置で詠唱を開始する。

 ウィーブルもまた土属性式魔術の天才だった。

 

「大地よ、大いなる力の片鱗を覚ませ、源の力をここに━━」


 熟達の魔術師の高速詠唱は早い。

 ウィーブルは人を倒すのに過剰とされる三式魔術を構築し、魔力を練り上げ、足元から触媒となる岩石質を集積し、自分の前に壁として展開しようとした。


 その時、風が吹き抜けた。

 硬い風だった。痛い風だった。それはウィーブルが詠唱を完了するよりも遥かに早く胸を打ち、小柄な体を弾き飛ばしてしまった。


「ぎうお!」


 苦痛に胸を押さえ、ウィーブルはのたうち回る。

 視線をやれば黒いローブの魔術師たちが皆、派手に地面を転がり、白目を剥いて、意識を失っている。


 ウィーブルは自分が中途半端に展開した土の壁に穴が穿たれていることに気がついた。


 魔力の気配を辿れば、先ほどの少年狩人が腰の杖に手をおいて、自分達の方を見ていることに気が付く。ウィーブルは悟る。自分達を弾き飛ばした硬質の風が彼によって放たれたのだと。


「馬鹿な……なんて速さだ……」


 ウィーブルは胸を押さえ、聖体の方へ這いずる。

 

「《イルト・グランデ》」


 ウィーブルは声に振り返る、

 黒いローブを着た魔術師のひとりが土属性式魔術で、少年狩人へ反撃をしていた。茶髪の目つきの悪い女だ。


 ウィーブルの五角のひとり、重激のスーグラであった。

 スーグラは強力な土属性式魔術で狭い通路を崩壊させ、通路にいるだろう水属性式魔術の使い手の射線を切り、同時に少年狩人の足元を一瞬で陥没させ、足場を失わせた。


 四式魔術だからこそできる極端な地形操作だった。

 しかし、少年狩人は足場が失われるのをわかっていたかのようにその場で軽くジャンプし、腰の杖に手を置いたまま、視線をチラッとスーグラへ向けた。


(来る!)


 スーグラは経験上、かなりの精度で相手の攻撃を読むことができた。

 しかし、詠唱を行わない魔術師を相手にしたことがなかった。

 最速で撃ち出される風の弾丸。スーグラが「あっ」と思ったときには、弾丸は彼女の眉間を撃ち抜いていた。


(アリエ、ない……速過ぎるだろ、うが……)


 スーグラは血溜まりの中に崩れ落ちた。


 他方、肩を水の魔術で撃ち抜かれ負傷した白狼のロレンスはポーションを飲み干し、空になったびんを放り捨てる。すぐに効き目があるわけではないが、幾許かはマシになる。


 剣に握りしめ、立ち上がる。

 少年狩人が自分に意識を向ける。

 視線が交差する。


(魔術の発動タイミングはわかってきた、奴はリラックスして手を杖に置いているが、発動の直前に力んで力が入る。それが合図だ。攻撃範囲が広ければ広いほど、合図から現象の発現までラグがある。その瞬間に首を飛ばせばいい!)


 ロレンスには帝国騎士学校で剣聖流剣術の師範を勤めてきた経歴があった。

 剣聖流剣術五段。

 遥かな剣の高みに到達できる者は片手で事足りるほどしか存在しない。


「この俺に傷を負わせるなんざ、いい腕をしてる、こんな追い込まれたのは剣聖に手解きを受けて以来だ」

「あんたはやたら強い。なんでこんな胡散臭い一味にいる、あんたにはもっとふさわしい場所があったはずだ」


 少年狩人の問いに、ロレンスは鼻で笑う。


「俺は勝つ船に乗ったまでさ、新しい秩序を見据えてな」

「新しい秩序だと? その秩序に狩人協会を相手にする価値があるのか?」

「価値は知らん、ただそいつらは勝つ。負ける側にいるわけにはいかない」


 少年狩人は眉を顰める。

 

(お前にはわからないだろうさ、もう次の時代は近づいてきてるってことを)


「すにーきんぐキサラギアタック!」

「うるせえぞクソガキ!」


 ビュンッと踏み込んできた少女の一太刀。

 ロレンスはなるべく角度をつけずに、細心の注意を払って受け流す。


(こいつの剣は妙だ、触れるだけで鎧圧を持っていかれる、まともに受けたら剣すら斬られそうだ)


 ロレンスは剣を受け流し、回し蹴りで再度距離を取ろうとする。

 だが、少女は肘を打ち下ろして蹴りを逸らし、巧みに凌ぐとお返しとばかりに白い足を跳ね上げ、ロレンスの側頭部を蹴り付けた。


「っ!」

「キサラギはこのわんわんを理解させようと思います、お兄様は手出し不要です」

「こいつ舐めてるのか、さっきからてめえの攻撃は見切ってんだろうが、それもお仲間の援護を捌きながらだ。お前ひとりで俺をどうにかできるなんて、ちとつけ上がりすぎじゃあ……」

「射撃モード起動」


 少女の背後、数メートル離れた位置にある黒い棺桶のようなものが展開し、発光と爆音を響かせて、鋼の礫を飛ばしてきた。

 ロレンスは「なんだそりゃあ!?」と慌てて身を振り、斬り返して弾丸を叩き落さんとする。だが、弾丸に反応すれば少女の剣が迫ってくる。


「キサラギアーツ」


 少女はキリッとしながら、まるで無駄なのない術理に置いて理想的な最大効率の剣技を繰り出す。同時に背後の謎の物体から鋼の礫も飛んでくる。

 驚くべきは少女の背後から何発もの礫が放たれているにも関わらず、少女は振り返ることすらしないで、全ての弾丸に当たらずに済んでいることだ。


 否、それどころか礫の方が彼女を避けているようにすら見えた。

 あるいは礫そのものが少女の意志で放たれているかのように、少女が体を動かした瞬間にその影から飛び出してきたりする。


 白狼をロレンスをして、わずか5回切り結ぶ間に、2回の被弾をし、1回斬られていた。


 ロレンスは深々と斬られた胸の傷を押さえる。

 熱い痛みが広がる。出血は多い。


「お前、さっきは本気じゃなかったとでも……」

「キサラギがもう本気を見せたかのような口ぶりですね、とキサラギはキサラギのスペックから繰り出される遥か強大な攻撃方法がまだあることを暗示します」


 白狼のロレンスは膝をつき、ぼたぼたと垂れる血にかき集めるように傷を押さえる。そんなもので高周波ブレードによる一撃がどうにかなるわけもない。ロレンスは朦朧とする意識の中で、ついに地に伏した。


「この白狼のロレンスが、こんなチビがきに……あぁ、くそ、こんなことなら騎士学校でつまんねえ指南を続けておけばよかった……」

「キサラギちゃん……そんな戦えたんですか? 」

「キサラギは元より白狼のロレンスを倒すだけの能力を持っていました。キサラギアーツは絶滅指導者にしばかれた経験から、キサラギの武装をより効果的に運用し、より大きな脅威を排除するために開発したスーパー秘奥義です」

「スーパー秘奥義」

「一定の効果が認められたのでソフトの最適化とアップグレードを進めたいと思います」


 少女は淡々と言い、自慢げに胸を張った。

 少年は嘆息し「ミズルさんを通路からだしてあげてください」と少女へ一言残して、広間の奥へと向かった。

 そこで浅い呼吸を繰りかえす幼い女の子の手を握り「もう大丈夫」と呟く。幼い彼女の意識はほとんどなく、返事すら返ってこなかった。


 少年は冷たくなる身体を強く抱きしめる。


「そんな、アリス、アリス? 聞こえないんですか?」


 返事はない。


「キサラギは埋められて、立ち往生していたミズルに道を開通させてあげました」

「別に私だけでもどうにかできたが」


 女狩人と少女が戻ってくる。

 

「ミズルさん! 協会製の回復薬を!」

「お前は持っていないのか」

「ドタバタしてて協会の装備はまだ支給されてないんです、お願いします、必要なんです!」


 女狩人は懐から注射器を取り出し「これは支給されない。協会から買うんだ」と言って、幼い少女へ回復薬を投与した。

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