ウィーブル学派墓所探索拠点

 ━━ブロールの視点


 朝も夜もわからない暗いダンジョンの底にウィーブル学派の探索拠点はあった。初心者ダンジョンの15階層。その奥地に設置された探索拠点に帰還者がいた。


 切長の瞳をした男は腕を組んで帰還者を迎えていた。

 男の名はブロール。腕の立つ雇われの剣士だ。


 帰還者の名はロレンス。

 ウィーブル学派の用心棒の筆頭である。


 ロレンスはふたりの人間を地面に下ろした。

 ひとりは黒い厚手の外套を着込んだ女性。

 ひとりは小さな銀色の髪の少女だ。


「あんたは出かけたら何か拾わないと気が済まないのか」


 ブロールはフワッとした白い毛並みを撫でるロレンスへ無愛想な顔で言った。

 

「なんで狩人を連れてきた」

「メスだ。儀式の生贄に使える」

「狩人だろうが。危険すぎる。縛れもしない」

「暴れたら殺せばいいだろう」

「暴れた後じゃ遅いことが多いだろうが。生贄ならこっちのチビで十分だ」

「でも、剣士じゃなかった。大丈夫だ」


 ブロールは女の装備を改め、杖を持っていたことを知った。


「魔術師と剣士……よくコンビを倒せたな。さすがは帝国剣術の師範だ」

「奴らは闇に弱い。俺は夜目が学者どもより強い。それに狩人どもはこっちのチビに気を取られてた。俺は勝利の瞬間を逃さない」

「どうりであんた怪我の一つもしてない。正面からやるのはしんどそうな手合いなのに」


(いかに白狼のロレンスといえど、剣士と魔術師が揃った狩人に対して善戦することは困難だろう)


 白狼のロレンスは『ウィーブルの五角』の筆頭だった。


 『ウィーブルの五角』。

 それは異端の探求に魅入られホブウィット大帝国神秘学院を離れたウィーブル学派に、外敵の邪魔をさせず、墓暴きを可能とさせてきた傭兵たちのことだ。

 忠誠心でいる者。金で雇われた者。何らかの目的がある者。さまざまいるが、皆がこれまでに闇のダンジョンに迷い込んだ者を仕留め、干渉を退けてきた。


 そんな『ウィーブルの五角』のうち筆頭者を持ってしても、狩人二人を凌ぎ切ったことは、ブロールにとって驚きだった。


 しばらく後、ロレンスは捕獲した少女を連れて、探索拠点の壁に掘られた洞窟へ入って行ってしまった。ブロールはロレンスを見送って天幕へ戻る。壁に掘られた横穴に布を取り付けただけの簡易的な個室だ。


 奥のベッドで身をむくっと起こす女性は目に留まった。

 毛布を抱き寄せて、胸元を隠しながら「敵?」と短く訪ねた。


「ロレンスがまたダンジョンで拾い物をしてきたんだ。なんてことない些事だよ。君が心配することは何もない、ララ」

「よかった。狩人がどうこう聞こえたから、てっきりここまで見つかったのかと。もうあいつらとやりあうのは懲り懲りだからね」


 ブロールはベッドに腰を下ろし、ララと呼ばれた女を抱き寄せて口づけする。


「いったいいつまでこの陰気な場所にいないといけないのかしら」

「聖体を持ち帰るまでだよ。でも、多分近いうちに終わる。新しい生贄が入った」

「生贄、ね。あの子たちはどうしたの」

「みんな死んだだろうな。急所を外して、迷路のような洞窟を歩かせるんだ。生への渇望が道標が見出すとか言ってたな。詳しくは知らないが、とにかく生贄を使うと探索が捗るんだと」

「結局まだ達成できていないみたいだけど」

「そうぼやくなよ。墓に降りない分、俺たちはマシな方だ。あっちはひどい匂いに、ひどい亡者の相手をさせられるってロレンスもスーグラも言ってただろ」

「私、墓に降りたくない」


 ララは一度見た墓の様相を思い出して、ゲーッと顔を歪めた。


「ほら服着ろよ。学者どもに手解きする時間だろ」

「何で学院の教師みたいなことしないといけないんだろう」


 ララはぼやきながらも着替え始める。

 ブロールは魅力的な彼女を背後から眺める。

 眩しいほどの白い肌。柔らかな腰と白い下着が丸い臀部の輪郭を浮き上がらせる。


「外行っててよ」

「断る」


 ララはサイドテーブルの杖を手に取る。

 ブロールは「わかったよ」とそそくさと個室を出た。


 そのすぐ後だった。

 傭兵たちが騒々しいと気づいた。


(なんだ? 何を騒いでやがる?)


「おい、どうした」

「ブロールさん、敵襲です! 狩人が乗り込んできやがりました!」

「狩人?」


(ロレンスのやつ仕留め損ってたんじゃ……いや、あいつに限ってそれはない。それじゃあ新手か? 狩人協会は確信を持ってこのあたりを調査をしてたのか?)


「ララを呼んでこい。俺たちが出る。お前たち下がってりゃいいぞ。どうせ雑魚が束になっても勝てやしねえ」


 ブロールは首をコキコキっと鳴らし、腰の剣を抜く。

 ポケットから火消し草を取り出し飲み込んでおく。

 これで火の魔力に対する耐性がしばらく彼を守る。

 

 すぐにララはローブだけ羽織って部屋から飛び出してきた。


「狩人が来たって聞いたけど」

「大丈夫、ふたりならやれる」


 ブロールはうなづき、騒ぎの方へ足を向けた。

 戦いは探索拠点の入り口の方で起こっていた。


 視界に10人以上の傭兵を相手取り、大立ち回りを披露する者たちを捉えた。


(敵はふたり、動きからして戦士系。若いな。若すぎる。ガキじゃねえか。素手? んでもう一人は女、こいつも若い。変な剣だ…… 何だあ、あの黒い浮いてるやつは? 気味が悪いな。武装してないほうから殺すか)


 ブロールは短く息を吐き捨て「俺が相手だ狩人」と、武装していない青年の方へ襲い掛かった。

 青年は接近にすぐに気がつき、斬り掛かられているにも関わらず、前へ一歩踏み出し、剣の間合いをずらした。ブロールはガバッと手首を掴まれてしまった。


 ブロールは狩人の人間離れした行動に息を呑む。


(こいつ冷静だ……反応速度、戦闘勘、精神力……)


 剣という明確な死に対し、恐れではなく、どこまでもクールに合理的に動く。

 ひとつの行動で目前の狩人がいくつもの死線を越えてきたことがわかった。

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