遥かな天才
狩人は手首を返し、ブロールをひねりあげる。
力の流れをコントールされる。抵抗し、ブロールは逆に青年を投げ飛ばすべく、足を払おうとする。が、青年は左足をヒョイっと持ち上げた。払えない。持ち上げた足が戻ってくる。ブロールは足の甲を強く踏みつけられる。
側面から蹴りを打ち込む。
ガードする狩人。手首を掴む狩人の手が離れた。
ブロールは低姿勢から剣をふる。
狩人は一歩下がって鼻先を掠めるようにニアミスで回避する。
狩人は両手を合わせる。手の影から反りのある剣が飛び出した。見事な剣だ。
ブロールは脚部の剣圧を高め、自分の足を踏む狩人を宙へフワッと浮かせた。
(剣聖流剣術八ノ型・剣聖天空刺し)
宙の敵を刺し穿つ、定型の刺突攻撃。
何百万回と繰り返された突き出す動きで、ブロールは隙なく攻撃をする。
狩人は身を捻り、空中の姿勢を変えることで、ブロールの刺突を難なく躱す。
鋭く突いた直後だ。隙がやや大きい。
狩人は剣を返そうとしている。攻撃が来る。
(このガキやたら上手い……っ)
ブロールは肝を冷やした。
視界が赤く染まる。血の赤ではない。
燃える炎の色だ。
ブロールは熱から顔を背ける。
狩人はブロールから視線を外し、新しく迫る攻撃へ意識を向けた。
炎が飛んできていた。ただの炎ではない。
剣の形をした炎だ。
後方にて火の賢者ララが援護射撃を行なったのだ。
火属性式魔術と剣の魔術の複合的攻撃だ。
高速で飛翔する炎剣が三本。
狩人は宙で最初の一本を受ける。
剣を叩きつけ、射線をわずかにそらした。
衝撃で弾かれ、地面に着地する狩人。
追尾する炎剣がまだ二本残っている。
吹っ飛ばされたせいで着地態勢が悪い。
態勢が悪ければ剣での受け流しは間に合わない。
現にすでに炎剣は狩人の目の前まで迫っている。
当たる。
ララは確信する。
これまで何人もの剣士を仕留めてきた。
その中には狩人もいた。
経験上、必中のタイミングだった。
狩人はコートをばさっと翻した。
コートにした、腰のベルトに中杖が差してあった。
(杖だと?)
ブロールは目を丸くする。
狩人は腰の杖柄に手を素早く置いた。
その瞬間、氷が勢いよくせり上がった。
盾となって飛翔する炎剣を受け止め、狩人への着弾をごく短い時間だけ遅らせた。
狩人はその時間を使って、身を捻って間一髪のところで燃える剣先を回避していた。神業だ。0から10まで常軌を逸していた。
ララは呆気に取られてしまった。
(火属性四式魔術の魔力を込めて、剣の魔術で物理攻撃力も高めたオリジナルスペルを半レジストされた……あれは氷属性式魔術? 剣士じゃないの? 四式魔術も修めてるってこと? それに何あの速さ、目前に迫った炎剣に間に合わせるなんてあり得ない!)
ブロールもまた驚愕していた。
完全なコンビーネーションだった。
速い剣士同士のやり取りをブロールが担当し、鎧圧の防御力など無視して一撃で終わらせる火力をララが放つ。剣と魔術師の理想的な動きだった。
もちろん失敗はあるし、相手が上手いとしのがれることもある。
しかし、眼前の狩人のようにそれぞれの専門分野で真正面から破られることはまずあり得ない。
(四段クラスの剣術……!)
(四式クラスの魔術……!)
ブロールとララは悟る。
こいつ普通の狩人じゃない、と。
ララは次の魔術を用意する。
「不死鳥の魂よ、炎熱の形を与えたまへ、我が血は熱く、我が意志は赤く、我が魂は永遠なる炎なり、深淵を照らす朱の星となれ━━≪
ララの瞳が赤く染め上がる。
周囲に剣が7本展開され、それぞれが激しく発火する。
火の賢者ララが誇る最大の攻撃だ。
(氷の賢者、これはレジストできないわよ)
浮遊剣はリズム良くスパパン! っと2本連続で発射された。5本は待機だ。
同時にブロールも動き出す。長年の共闘で培われた阿吽の呼吸だ。
ララもブロールも青年の狩人の、夜空を切り取ったような怪しい瞳と目があった。瞳は何も恐れていなかった。緊張すらしていなかった。揺れもしない。
ブロールの剣と彼の剣がぶつかる。
鍔迫り合い、間近で視線が交差する。
(なんだこの野郎は……っ)
「恐れているのか。俺を」
ブロールの内心を見通す声。
飛んでくる四式魔術の炎剣を避けるブロール。狩人はあらかじめ腰の杖に左手を置いていたらしく、炎剣が再接近するなり、右手だけで剣を振り、炎剣の軌道を逸らしてしのいで見せた。
「なるほど。そうなってたのか。興味深い」
狩人は言いながら2発目の炎剣も受け流す。
ブロールはすかさず間合いを詰める。
狩人は斬りかかってくるブロールへ剣を合わせて、またしても鍔迫り合いの形をとった。
(なんでだ、剣を一瞬でも長く受け止め、体の動きを止めることはこいつにとっては、ララの次の攻撃に被弾するリスクを高めるって言うのに)
ブロールは狩人の考えがわからなかった。
すぐに答えは得られた。
鍔迫り合いブロールの体の動きが止まった瞬間に、彼の体を不気味な冷たさが襲ったのだ。気がついた時には、剣と剣がぶつかり火花を散らす一点から、氷が湧き出し、それは剣を伝いブロールの体を凍らせていた。
さらには足元からも氷は同時に上り、完全にブロールの体の自由を奪取した。
高速の近接戦闘の中で行われた魔術の神技。
ブロールは言葉を失い、目の前でゆっくりと剣を収める狩人が自分の横を通り過ぎていくのを見送ることしかできなかった。
「ふざけんな、狩人!」
ララは四式魔術の炎剣を残る5本全て連続で発射する。
「面白い魔術だ。ありがとう。何かの役に立つかもしれない」
狩人は手をかざすと、自身の周りに炎剣を生成し、即射しララの剣へ当てて全弾軌道を逸らした。狩人自身はその場から一歩も動かず、ただ軽く手を持ち上げただけだ。
何もかもがララの理解を越えていた。
言葉にできない恐怖が湧き上がる。
「あんたのはもう覚えた。まだ何かあるなら今のうちに使っておいた方がいい。俺は今からそこへ歩いて言って、その顔を殴るのだから」
「お前……もしかして、私の炎剣を、模倣したのか……」
(いや、模倣したどころか、なんだ今の発動速度は……こいつ、一瞬で、私の15年を……)
ララは認識を改めざるを得なかった。
目の前の狩人は「普通の狩人じゃない」なんて評価で収まる器ではなかったのだ。
遥かな天才だったのだ。
「まだ、だ、、まだ終わってないッ!」
狩人はのそっと背後を見やる。
氷によって全身を凍てついた牢獄に閉じ込められたブロールのものだった。
全身の剣気圧を硬質のトゲのように膨れ上がらせ、氷を砕き、動き出そうとしている。
狩人はゆっくりとララへ背を向け、ブロールへ向き直り、彼が出てくるを待つ。
「お前に俺は殺せない」
「舐めるなッ! うあああッ!」
氷の殻を破砕させた。
着ていた革鎧は極低温のせいで摩耗し、破れ、氷にさらされた皮膚はすべからく剥がれて、その下の赤い血に塗れた様相を晒している。
(剣聖流剣術六ノ型・剣聖一文字!)
血飛沫を撒きながら渾身の一刀が放たれる。
眼前の狩人を殺さなければ自分達に明日はない。
そのことを理解するがゆえの死に物狂いだ。
狩人は短く息を吸う。
直後、棒立ち状態から影をかき消した。
次に現れたのはブロールの鼻先三寸だ。
深く腰を落とし、素早く腰を切って、武術的な拳を打ち抜く瞬間であった。
衝撃の直前、ブロールもまた巧みだった。
歴戦の猛者である彼は、剣気圧の割合を操作し、剣圧20:鎧圧80にし防御を整えた。
衝撃に踏みとどまる筋力、ダメージに耐える耐久力において理想的な配分だ。
さらに攻撃される胸部に鎧圧を重ねた。拳打程度ならば確実に耐えられる。ブロールは「驕ったな、狩人!」と思った。
拳が突き刺さる。
ブロールの鎧圧が悲鳴をあげる。
(ッ、なんだ、この出力は!?)
拳打は生身の身体へ到達、衝撃派は内臓を破壊し、彼の体を壁に叩きつけた。
壁が砕けちる。崩壊音がする。
ブロールは揺れる瞳孔で残心する狩人を見つめる。
血を吐き、全身を襲う痛みを溢れ出るアドレナリンで忘れ、死のなかで悟る。
(こいつあ……四段じゃ、効かねえな……)
「ブロールっ!」
「女、杖を捨てろ」
「よくも、許さないっ! 殺人集団の犬がっ!」
叫ぶララは高速詠唱をする。
狩人は腰の杖に手を置く。
風が放たれ、ララの杖を弾き飛ばした。
ララは泣きながらその場に崩れ落ちた。
狩人の元にキサラギがてくてくやってくる。
足元に無数の男たちを横たわらせ、キサラギは狩人に訪ねる。
彼女が暴れていたおかげで、拠点はすでにずいぶんと静かになっていた。
「兄さま、スーツの調子はどうですか」
「悪くないです」
狩人は拳を握ったり閉じたりしながら返答した。
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