体が追いつく

 スマートに立ち回るつもりだったのに。

 まさかプランAを使うことになるとはな。

 

「人質野郎。チョロチョロすんな」


 俺は風の弾丸を放つ。魔術師の足を、後ろから撃ち抜いて転ばせる。

 魔術師たちは振り返って「こいつだああ!」と叫ぶので一撃ずつ食らわして黙らせる。とはいえもう遅い。


「俺たちを、生かしておいたのは間違い、だったな……」

「一矢報いる方が大事だったか?」

「へへ……お前は、これでおしまいさ……無詠唱、の狩人……」


 顔を蹴り飛ばして魔術師を気絶させた。

 これ以上、お喋りをするつもりはない。

 

 拠点のあちこちから人影が集まってきた。

 ランタンと剣を手にし「狩人だと!」「やばい、見つかった!」「全員でかかれ!」と騒々しく囲んでくる。


 剣士が多い。当たり前だが。

 三段剣士以上がいると剣気圧を纏っている可能性がある。

 運動能力のスペックとして三段と言うのは、魔術師にとって脅威となるか否かの基準だ。三段以上になると途端に戦闘の速さがひとつ上がる。

 そうなると踏み込まれた際、反応が遅れ、攻撃をもらうリスクが高まる。


 ウィーブル学派の戦力を駆逐する方法などいくらでもあるが、その中最適なものは何かを考える。


 まずリスクは取りたくない。

 それにこいつの試したい。

 俺は身に纏うマナスーツに触れる。

 魔力の消耗は非常に激しい装備だ。

 本来は対厄災専用装備なのだが……様子を見ておいてもいい。


 ここからは魔術師として対応しない。

 狩人として対応する。師匠が俺に求めた姿で。


 自分自身に搭載された魔力器官をエンジンとし、マナスーツを狩猟ハンターモードに移行させる。狩猟ハンターモードは魔力消耗の鬼だ。ただ着ているだけの平常モードの3倍消耗が増す。その分、人工筋肉の出力が上がる。


 体にパワーがみなぎる。

 かつてバンザイデスで剣気圧を纏えていた頃の感覚に非常に近い。

 否、今はそれ以上だ。当時を上回る。


「キサラギちゃん」

「はい」


 ウェイリアスの杖を腰に差し戻す。

 傭兵のひとりへ視線をむけ、俺は軽く踏み込んだ。

 キサラギも同時に攻撃を開始する。

 相手の包囲が完成するのを悠長に待つ必要はない。


「っ、てめえ━━」


 剣を振り上げるウィーブル学派の傭兵。

 ひとり目。遅い。この様子じゃ剣圧はゼロ。

 振り上げられた腕を押さえる。手刀を加えて肩を脱臼させる。膝蹴りを鳩尾へ打つ。肘打ちで顎を側方から叩いて砕く。白目を剥いて泡を吐いて意識を失う。


「なんだこいつ速えええ!?」

「囲め! 囲め!

「ひやええああ!」


 恐怖の悲鳴がこだまする。


 ひとり目が崩れ落ちる。━━より速くふたり目に取り掛かる。

 俺の接近に目を見開いて、抜剣と同時に斬り上げてくる。

 剣気圧は感じない。剣術の心得はあるように見える。


 手首を上から押さえる。握力でリストを外す。

 少し強く握りすぎた。骨折したか。

 構わない。膝蹴りで股間を打ち上げ、顎にショートアッパーを食らわす。

 襟を掴んで背負い投げ、隣の傭兵にぶつける。


 動く。体が俺の視認能力に追いついてくれる。

 精密な動作確認はこんなところでいいだろう。


 立ち止まり、軽く息をつく。

 傭兵たちは顔を引き攣らせてあとずさっている。


「速すぎる、!」

「これが狩人……」

「馬鹿げてやがる、こんなの俺たちでどうにかできるわけねえ……」


 拳を握りしめる。

 ウィィィと魔力が回路をめぐる音がする。

 鋭く一足飛びで踏み込む。ポンっと傭兵のひとりを打った。視線は俺を追えておらず、俺がさっき突っ立っていた地点へ合わせられたままだ。


 常人にはよほど速く見えているようだ。


 マナニウム合金の外骨格で覆われた金属の拳は、グギっと生体の壊れる音を響かせめり込み、一拍ののちに傭兵の体を弾かれたように吹っ飛ばした。


 慣れてきた。

 実際に人間を殴ったりする実験を行えなかった。

 なので理論と実践で使用感が乖離する不安はあったが、今のところ俺とキサラギが設計した通りの、戦闘効果を発揮している。


「五角が来た!」

「奴は狩人です、お願いします!」

「お前らは下がってろ。狩人が相手じゃ何人雑魚が集まっても手に負えねえ」


 切長の瞳の男だ。

 剣気圧を増幅させ、オーラの装甲を纏う。

 濃い。鋭い圧だ。身に纏う剣気圧の質が有象無象とは違う。

 ウィーブル学派の強者か。


「お前が白狼のロレンスか?」

「人違いだ。お前さんはここで死ぬ。ロレンスに会うことはねえよ」


 ロレンスじゃないのか。


 切長の瞳の男は素早く踏み込んできた。

 槍のように突き刺す一歩、同時に水平に振り抜かれる剣。

 剣の軌道は見える。今までも見えていた。だが、避けきれなかった。体が追いつかなかったからだ。


 今はもう違う。避けれる。否、相手に付き合える。

 一歩踏み込み、男の手首を掴んで剣すら振らせなかった。


「てめえ……っ!」

「お前が相手にするは彼の理想だ」


 師匠。俺はようやくあなたの夢を取り戻せそうです。

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