ウィーブル学派

 暗闇の中に人影を見つけた。

 ローブに身を包んだ怪しげな者達だ。

 松明の明かりすらなく、ダンジョンの闇に溶けるようにいる。


 何者なのか。

 最初の疑問だった。

 なぜ攻撃してきたのか。

 二つ目の疑問だった。


 いづれの疑問も敵である以上、悠長に問うことはできない。

 倒し、捕縛しなければならない。


 俺はウェイリアスの杖を抜く。

 距離は25mと言ったところか。

 射程圏内だが、少し遠い。氷で捕縛するとどうしても地走る氷の膜を見られる。対応される余地がある。


「キサラギ、近づきます」


 ブラックコフィンがフワッとサーフボードのように足元に横たわる。キサラギはピョンっと飛び乗り、浮遊する足場で滑らかに前をいく。正面の者たちはビクッとし、動揺した様子だ。

 魔力の流れが見える。何らかの魔術を行使するつもりだ。


「≪近き脆い剣フラジャル・インブレード≫」


 魔力が収束し、短剣が構築される。見たこともない魔術だ。

 土属性式魔術……ではない。コートニーさんが扱う土の魔力は覚えている。

 雰囲気がだいぶ違う。


 今度は数人が同時に魔術を放った。

 4本の短剣が飛んでくる。

 キサラギは素手のまま短剣をペシペシはたき落とす。


「運動エネルギーが不足してます。絶滅指導者と比べればまるで霞です」


 そこと比べれば大概は霞でしょうよ。

 頼り甲斐のありすぎる前衛のおかげで10mまで近づけた。

 十分だ。この距離なら一呼吸の間に仕留められる。


 氷の魔力を生成し練り上げる。

 氷属性四式魔術を無詠唱で広範囲に展開し、ダンジョンの地面を這い覆い尽くすように広く薄く、相手を拘束するための攻撃をくり出した。

 

 ━━パキパキッ


 空気がひび割れる音。気温の悲鳴が響くと同時に黒いローブの者たちは足元から這い上がる氷によって身体の自由を完全に奪われた。


「まさか氷の魔術……?」

「な、んだ、何が起こった」

「動けん、なんて規模の属性魔術だ……っ」

「いや、それより、お前……属性魔術を一体どうやって、これほど早く」

 

 人数は4人。声からするに皆、年行った男のようだ。

 

 キサラギは得意げに胸を張り、腰に手を当てる。

 俺は杖を手にしたまま、風を起こし、男たちのローブをめくる。


 たいまつの明かりを掲げると顔が良く見えた。

 皆、俺の方を見て驚愕の表情を浮かべていた。


「何者だ貴様!」

「その魔術は一体なんだ!」

「このようなことをしてただで済むと思うなよ」

「今なら命は助けてやる」


 こいつら強気だな。


「威勢がいいな。危害を加えられないとでも思っているのか」

『一番右の男は殺しても問題ない! 多分!』


 杖を持ち上げる。目を丸くしてキョトンっとする魔術師たち。

 右の男の頭を風の弾丸で撃ち抜く。圧縮された風の魔力が、一箇所に集中して強力な大気圧をかけることで、皮膚に穴をあけ、頭蓋を貫通し、その中をスクランブルエッグのようにかき混ぜ、後頭部から爆発させた。


 魔術師たちの顔に恐怖が宿り、悲鳴が響き渡った。



 ━━しばらく後


 

 怪しげな者たちは俺とキサラギに一任された。

 エーラには刺激が強すぎると思い、アディたちには俺が何をしているのかを伝えないようにお願いしておいた。


 あえて恐ろしく殺した甲斐があった。

 魔術師たちは言葉を詰まらせながらも喋りだした。

 

「何をしていた」

「我々はウィーブル学派の支持者だ。異端のウィーブルさまと共に長らくダンジョンを拠点に活動していた……」

「なんの活動だ」

「……墓だ」

「墓?」

「墓を、探していたのだ」

「どういう意味だ。なんの墓を探していた。それが俺たちを攻撃したこととどう関係する」

「神の墓、だ」


 隣の魔術師は視線を泳がせ話を補足する。

 俺はそちらへ向き直り詰め寄った。


「神の墓から聖体を持ち帰るのだ。古代の神秘にこそ深淵の渦への道が隠されている」

『それは安全な探究ではないのだろう! 狩人協会に目をつけられる程度には! きっと聖体は恐ろしく危険なものだぞ!』


 超直感が警鐘を鳴らしている。


「だからこんなところでコソコソしてたのか」

「コソコソなどしてはいない。真実に近づくことは、いつだって愚かな多数派を差し置いて静かに行われるものなのだ」

「ウィーブル学派は覚醒を知らぬ神秘学院の馬鹿どもから異端認定を受けている……阿呆どもに活動を知られるわけにはいかない、目撃者はあってはならない」


 俺は狩人の遺体を思い出す。

 こいつらが殺したというのだろうか。この練度の魔術師が数人集まったところで、狩人をどうにかできるとは思えないが……。


「狩人を殺したのもお前たちか?」

「違う! 我々は後処理をするように遣わされただけなのだ、あの白狼のロレンスに!」

「白狼のロレンス」

「……大剣豪さ。恐ろしく腕が立つこと以外は我々もよく知らない」


 狩人をやったのも白狼のロレンスか。

 

「ロレンスだけじゃない。ウィーブル学派には腕の立つ剣士が他にいる。長らく狩人を退けて活動を続けてきた。当然だろう、多くの同胞が奴等に殺されてきたが、今や巻き返しの時だ」

「私たちを解放しろ、今ならまだ間に合う」

「断る」

「ダンジョンの中には白狼のロレンスがいるんだ。お前、狩人の存在を知っているのだろう? 怪物殺しの暗躍者すら奴は片付ける。お前たちも例外じゃない」

「今解放しなければ手遅れになるぞ。ダンジョンを出たところで、オドリア城のドボルヴェルカもお前を始末しに付け狙うだろう。やつもまた我々ウィーブル学派の手駒なのだ。我々はお前が想像するより強大なのだ!」

「そいつならもう死んだ」

「……ど、どういう意味だ?」

「そのままさ。殺した。だからそれは脅しとしては有効期限を切れてる」


 魔術師たちは言葉を失う。

 こいつらが危険な犯罪者集団ということはわかった。

 闇の魔術師と認識して相違ないだろう。闇の魔力に傾倒しているかは不明だが。


「女の子を見たか。銀色の髪の少女だ」

「白狼のロレンスは、女を連れてきたよな……?」

「そういえば、ちびっこもいたような……水色の瞳の、なかなか可愛い娘だ」


 なるほど、厄介なことに巻き込まれたようだ。

 

 話をまとめよう。

 ウィーブル学派。狩人協会がマークしていた危険な異端的な一派。

 彼らは神の墓を暴き『聖体』なるものを探している。

 結果として重大な危機を招こうとしている。

 狩人が派遣されるほどだ。この先には厄災級の危険がある可能性がある。


 そして、この先にはアリスがいる。

 白狼のロレンスとやらに攫われた可能性が高い。

 生きている証を得られホッとするが、とても安心できる状況ではない。

 

 狩人の犠牲者がすでに出ている。

 俺の妹も攫われた。


 狩人の使命と兄の矜持。

 ウィーブル学派、このまま見過ごすわけにはいかない。


 俺は指輪の収納空間よりマナスーツを取り出しそのまま装着する。

 収納空間より物質を取り出す際には、出現場所をある程度コントロールすることができる。俺のは魔力の流れが見えるので、出現場所を高度に制御し、取り出したマナスーツをそのまま俺の体に装備させることも可能だ。かなり練習はしたが。


 軽量化の末、装甲を薄くした。今やローブの下に着込める。

 

「キサラギちゃん、ウィーブル学派は攻撃します。手を貸してくれますか」


 キサラギはサムズアップしてブラックコフィンから高周波ブレードを取り出す。

 

「神の墓とやらの場所、それと白狼のロレンス。もちろん知ってるんだよな」


 俺は魔術師のひとりへ向き直り、ウェイリアスの杖先で顎を持ち上げた。

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