迷宮に漂う不穏
痕跡を見つけた。
アリスがいたという痕跡だ。
まだ近くにいる可能性が高まった。
『アーカム、向こうだ』
「向こうだな」
直感はここに来てますます冴えてきた。
アリスを見つけることができる。俺は期待していた。
「油断せずに行くにゃ。松明を絶やさずに、にゃ。さあアーカム、進む方向はあっちにゃ?」
俺たちは暗い通路を灯火で照らして、ひたすらに進んだ。
どれだけ進んだかわからない。通路の先、闇のなかに何かを見つけた。
近づくにつれ、それが何なのかわかるようになってきた。
松明の明かりが届くようになると皆も闇のなかに横たわる存在を認識した。
「誰か倒れてるぞ」
「……っ、血が!」
エーラの息を呑むような悲鳴。
アディはと俺、ニーヤンは遺体に近づく。
黒革の外套に身を包んだ男だ。
強靭な身体をしており、血溜まりの中で横になっていることに違和感を覚える。剣士だ。剣がある。一本目はかたわらに落ちている。
「彼は被害者を作ることはあれ、自分が被害者になるような人間はなかったはずです」
俺は剣を拾いあげ、男の腰の鞘に収まったままの二本目へ視線を動かす。
銀の剣だ。二本目は銀の剣だ。この格好。外套は分厚い皮で所々に金具が入れられている。防御力を重視したものではない。あくまで速さにウェイトを置いている。それはこの外套を纏う者が防御力にはさして頼っていない証だ。
厄災の怪物たちを相手にする場合、装備の防御力で攻撃を防げることは期待しないのだ。
「ひとりで15階層まで降りてきたのか? 無謀なダンジョン探索をしたんだな」
「どんなに実力があってもソロでは心許ないないにゃ」
「彼は狩人だったんでしょうね」
「「え?」」
アディとニーヤンは俺の方を見やる。
俺は男の外套の内ポケットを弄り、感触を得て、それを取り出した。
銀色に輝くメダリオンだ。狼の彫刻が描かれている。
狩人。人知れず闇のなかで戦う戦士。世界が恐るべき悪意と困難に立ち向かっていることを悟らせず、人々と文明の平和を守る。表に出てば英雄とチヤホヤされるだろうに、その道を選ばず人類保存ギルドに名を連ねることを選んだ。
今のところ直で出会った者たちは割と嫌なやつばっかりだ。
だが、俺の根底にある狩人協会への畏敬は、師匠によって育まれた。
彼の誇りを俺は知っている。俺は使命に生きた者に尊敬を持ちたい。
俺は人間のコインを回収し、遺体の見開いた目をそっと閉じた。
「アークこれは一体どういうことなんだ? ど、どうして狩人がこんなところに!」
「わかりませんよ、僕には」
『狩人たちは任務に従事していたのかも知れない。それはこの先に狩人が対処しなければいけない案件が待っていたことを示唆しているのかも知れない!』
「……推測でいいなら話しますが」
俺は腰を上げ、その場の皆に超直感が導いた推理を説明しようとした。
パキン
軽薄にも思える割れる音がした。
俺は直感のままに振り返り、攻撃を夜空の瞳で視認する。
闇のなかから高速で飛翔する刃がとらえ、すぐさま氷の弾丸で撃ち落とした。
「キサラギ!」
咄嗟に叫ぶ頃には、彼女は前へでた、闇のなかの者たちと俺と間に体を挟んでいた。
スライムによる攻撃ではない。射程が長すぎる。
それに今の飛翔物……まさか。
闇のなかを夜空の瞳で凝視する。
全ての見抜く眼は、闇すら裂いて、その奥に潜む者たちの視認を可能にした。
暗闇の中、黒いローブを纏った人影が蠢いていた。
やはりそうだ。人間だ。俺は今、人間に攻撃されたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます