もう安寧はない

「そうか。私の顔を立ててくれたのだね、アーカム」


 王は言って顔に深いしわを作って笑みをうかべた。

 察しがよろしいようで。

 

「僕は凱旋式にも、勲章授与式にも出ることができない身です。そのほかの理由もあいまって魔法王国のために英雄になることは難しいです。そのことをどうかお許しいただきたい」

「ドレディヌスにいま狩人たちが来ている。私は彼らに君を合わせることができる」

「っ」

「だが、本音を言えば、君に人類の英雄ではなく、魔法王国の英雄になってほしいと思っている。これは私の素直な気持ちなのだ」


 ヴォルゲル王は書斎机に腰を下ろしながら、机のうえを指でなぞる。

 今回の戦争を見ればそう思うのも当たり前だろう。

 狩人協会は魔法王国がボロボロになろうとも、人類全体を生かすことを選んだ。


「私には数千万の命と数十億の命の天秤をどうこうするなど、とてもじゃないが考えも及ばない。情けない王だと思うかね」

「まさか、そんなこと思えるはずもありません」

「君はとても優しいのだね。気に入ったよ。否、私ごとき魔術の使い手が、賢者級の貴公を値踏みするなどまったく愚かな話ではあるが、仮にも統治者の身だ、我が身の無礼を許してくれるとありがたい」

「もちろんですとも」


 賢者はそれだけで尊ばれ、敬われる存在だ。

 魔法王国ならばその意味はより克明で強力だ。

 貴族や王族という地位とは、別のベクトルで深淵なる叡智は価値を認められているのだ。


「僕はかつて絶滅指導者を滅ぼしました、ゆえに我が人生にもう安寧はありません」


 ヴォルゲル王は意味を理解したのだろう。

 目を大きく見開き、震える瞳孔で「なんと……」と言葉を漏らした。

 一国の王ともなれば、狩人協会とも緊密なやりとりがある。情報もある。

 表の世界では一般ではない怪物世界のことも知っているだろう。


「貴公が、あの伝説の怪物を……」

「特別な手段を用いてですが」

「信じられない、人に倒せる者がいたなんて」


 スフィアは眉根を潜め、すごい眼力で睨みつけて来る。

 

「あなた本当にあの無能のアディフランツの子なの?」


 こら、父さんの悪口はそこまでだ。


「こほん、父は優秀な学者ですよ。……まあそれは置いておきまして。だから、僕は命を絶滅指導者に狙われています。戦争で僕の名が広く知れたことで、彼らは僕の生存を知り、きっと殺しに来るでしょう。これまでよりも狡猾に、そして苛烈に」

「なんということだ……私は愚かに君の名を聞いて、舞い上がり、アーカム・アルドレアを魔法王国の英雄たらしめるため広く騎士たちに、市井に轟かせてしまった」


 ヴォルゲル王としては民の心の支えをひとつでも多く作ろうとした結果だろう。

 そこに悪意が無いことはわかる。


「陛下の考えはわかっています。お気になさらず」

「しかし、貴公よ……」

「知られてしまったことは仕方がありません。そのことは良い。とうに覚悟はしていました」


 師匠に判断を委ねられた時、俺は決めたのだ。

 ゲンゼディーフと、大切な家族を、愛する者を守るために、この世界を生かすことを。

 いまでもその考えは変わらない。

 当初は二度目の人生を大いなる目的のために捧げ、意義深いものにしようという意思も多分に含まれていたが、いま思い返しても、やはり意志は変わらない。

 

 師匠の死、絶滅指導者の繰り出す破壊、そして超能力者たちの企み、怪物派遣公社……あのバンザイデスでただがむしゃらに修練に明け暮れていた時より、多くのことを知ってしまった。多くを背負った。


 その時は不透明だったゲンゼディーフの守るという目的はいまはずっと形を持っている。師匠に委ねられた俺が、世界から預かった才能を持つ俺が、やらなければいけない。そうじゃないとすべてを失ってしまう。


 何も世界のすべてを救おうだなんてもう思ってはいない。

 俺はそんなに強くない。俺は偉大になれない。

 でも、大切な物を守るため全霊を賭すつもりだ。

 

 俺はヴォルゲル王に思いを語った。

 

「そんなに謙遜をしなくても……」

「いいえ、陛下。狩人協会が戦う脅威は我々には想像すら及ばないものなんです。僕程度の英雄は秋の枯れ葉がごとく死んでいく。でも、それでも、守らなければいけない。だから僕は魔法王国の英雄になれないのです」


 ヴォルゲル王は深く椅子に腰かける。

 目をつむり沈思黙考のすえ口を開いた。


「賢者アーカム、無理を申してしまい謝る言葉もない。貴公の旅の行く末を私は見守ることにする。もろもろの手配をさせてもらおう。貴公のような情の厚い者が狩人になってくれるなら、これからは彼らにも期待できると言うものだ」


 ヴォルゲル王は言って皮肉げに笑みをうかべ、狩人協会の駐在地を教えてくれた。

 感謝をのべて部屋を出る。

 

「待って、アディフランツの息子」

「スフィア・ラートさんですね」

「私の名前を知っていたの?」


 部屋を出るなり、スフィアが話しかけてくる。


「キンドロ卿に、ヴォルゲル王、それに魔法騎士隊長まで皆があなたの才能を認めているようね」

「皆、僕のことを勘違いしています。絶滅指導者を倒したとは言いましたが、先の戦いでは何もできなかった無力な魔術師なんですから」

「だとしてもあなたは多くを成して来たのでしょう。そしてこれから多くを成す。……はぁ、こんなの性分じゃないんだけど」


 言いながらスフィアは腰のベルトに差してあった中杖を抜く。

 先端に魔石が嵌っている。翠と蒼が溶けあった色合いの美しい魔石だ。

 それがねじくれた黒樹で輝いている。

 見ればわかる。クソ高級魔術ステッキだ。庶民が一生働いても買えない。


「わざわざ会いに王都まで来るほど彼は未だに私のことが好きで好きでたまらないのらしいの。身の程知らずで、木っ端で、憐れな男だったけど……」


 すさまじくアディの悪口を言いながら、中杖を差し出してきた。



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