救国の英雄アーカム・アルドレア

 ヴォルゲル・トライア・ジョブレス王。

 エフィーリアの父親であり、現国王さまか。

 

「私の息子たちだ。先の合戦では幸運にも生きて逃れることができた」


 ヴォルゲル王は客間に入って来た男たちをひとりひとり紹介してくれた。

 今回の戦争ではジョブレス王家の2人兄弟である彼らも、軍を率いる将として、王の陣で戦線を支えたと言う。


「私はジョブレス王家が第一王子ボレライカ・トライア・ジョブレスだ。戦場での活躍、それに王城でのこと。すべて聞き及んでいる。エフィーリアが世話になったようだ。貴公に最大の感謝を述べさせてくれたまへ」


 焦げ茶色の髪はくるんっとクセが強い。

 背が高く、分厚い胸板、精悍な顔つき、イケメン好青年という雰囲気だ。

 リーダーの素質に優れ、高いカリスマを感じる。

 これが第一王子というものか。


 俺は「勿体なきお言葉」と言って頭をぺこりとさげる。

 ボレライカと立ち替わるように一歩前へでたのは気弱そうな金色の髪の青年だ。

 

「ジョブレス王家が第二王子ジェスタリア・ジョブレスです。賢者殿のこの上なき偉大な魔導とその時代をけん引する叡智に深い敬意をあらわします。そして、エフィーリアのことをありがとうございました。妹もあなたの名を聞くなりぴょんぴょんしておりました」

「に、兄さま……っ」


 ジェスタリアは肩をすくめて薄く微笑む。

 見た目より機知に富んだ人物なのかもしれない。

 王族と言うのはだれもかれもやたら気品がある。

 こうしてみると血に宿るカリスマを信じざるを得ない。


 王子たちの挨拶が終わるなり、今度はしっかりした体躯の白髪の男が出て来た。

 あっちのおじさんが王ならこっちはたぶん……。

 

「エヴァ、それにアーカム、生きていてくれたんだな。ああ、なんと言ったら良いか。まずはアーカム、私のことがわかるかね?」


 答えようとするとエヴァが割って入ってくる。


「キンドロ卿もご無事なようでなによりです。さあ、隅へどうぞ」


 エヴァはキンドロの手を引いて、にこやかにどかす。対応が冷たい。

 親子仲がよくないのは周知事実だが、戦場以来の再会だろうに、容赦がないですね、母様。


 キンドロ卿とエヴァは「おい、陛下の前だぞ」「うちのアーカムに気安く話しかけないでくださいますか、キンドロ卿」と隅で言い合いをはじめた。キンドロのほうは娘に対する言葉遣いだが、エヴァの方は努めて他人行儀でああった。


 場の空気が死ぬ。

 なんかさっきから空気を乱す人が多い。


 死んだ空気を和ませようとヴォルゲル王は「はは」とわざとらしく笑みをうかべ「して──」と空間の主導権をとりもどす。

 まだ紹介されていない人がちらほらいるが、気にせず進めるらしい。

 あの人たちはあくまで従者という立場なのだろう。


「よくぞ無事であった、アーカム。エフィーリアから話は訊いているよ。数奇な運命の持ち主であるな」

「まったくです」

「貴公には感謝を示そうにも、示し足りないほどの恩義ができてしまった。まさか王都でクーデターが起こり、その裏に恐るべき怪物の影があろうとは思わなかった。だが、貴公が我が娘に手を貸してくれたおかげで無事に多くを守ることができた。アーカム、本当になんと言葉を重ねればよいかわからない。それほどに君の働きは魔法王国に影響を及ぼした」


 ヴォルゲル王は丁寧に言葉を選び、万の賞賛を並べた。

 これほどに称えられるのかと言うほどだ。

 なんだか、政治の香りがするのは気のせいじゃないはず。

 まあ、ただ放っておいてくれるわけもないから、だろうねって感じだけど。


 いろいろな話を持ち掛けられた。

 まずはウィザーズ勲章の授与式の正式な式典への出席と、凱旋式への参列など。

 俺としては狩人協会との繋がりがあるので、できればあまり目立ちたくはない。

 だが、ヴォルゲル王は熱心に俺を戦争の英雄にしたがっていた。


 魔法王国で表の世界で英雄とするため、彼は俺を魔法王国へ組み込みたいのだろう。俺の直観はすべての話を聞く前に多くのことを悟らせてきた。

 

「ありがたい申し出です。喜んで引き受けさせていただきます」


 俺は笑顔でヴォルゲル王へ応じた。

 謁見ののち、俺とエヴァは王国軍の騎士団兵舎を貸してもらい、そこでしばらくの休養をさせてもらうことになった。


 迎賓館を出るまで多くの者が俺へ話しかけたそうにしていたが、あえて気づかぬふりをした。いちいち対応していては夜になってしまいそうだったからだ。


「母様、先に兵舎へ向かっていてください。あとで僕も赴きます」

「どこへ行くの、アーカム?」

「まだ陛下と話をする必要がありますので、すこし行ってきます」


 言って俺は人混みに紛れ、気配を消し、迎賓館のまわりをくるっと偵察。


「あの部屋か」


 俺は窓際の一室めがけて風で身体を押し出して跳躍した。

 窓から部屋のなかに侵入し、適当な椅子に腰かけて待つ。

 しばらくすると、人が入って来た。

 ヴォルゲル王とその従者のエルフの女性だ。

 ふたりは俺が室内にいることにハッと驚く。


「アーカム、どうしてここに」

「窓から入ったのですか?」


 エルフの女性は窓が開いているのを見て怪訝に眉根をひそめる。

 鋭い耳に白い肌、緑の髪のエルフ。

 名前を本人から聞いてはいないが、エヴァがさっき教えてくれた。

 彼女がかつて冒険者パーティで一緒だったという魔術師スフィア・ラートだろう。


 この2人なら俺の無礼もわりと許してくれる。

 かなり生意気な振る舞いだが、直観でどこまでやったらアウトなのか、どこまでがセーフなのかの安全圏がわかるのでこういう動きになるのも仕方あるまい。


「ご無礼を承知で参上しました。ですが、陛下には個人的にお話をしておかなければならないのです。王子殿下や、王女殿下のまえではなく、ここで」

「……ふむ。ははは」


 ヴォルゲル王はスフィアへ「閉めてくれるかね」と言う。

 スフィアは渋々と言った様子でパタンっと扉を閉じた。

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