氷の狙撃手
──時間はすこし遡る
燃え盛る怪物たちが戦場を荒らしまわる中、人々が逃げ惑っている。
「ほら、行きなよ、家族が待ってるんでしょう」
エレナはくわえた煙草に火をつけながら、呑気に言った。
「召喚獣。あれは明確な人間法破りです。いいんですか、放っておいて」
俺はチェリーちゃんから降りて、風の魔力で大跳躍する準備をしながらたずねる。
「あたしと君はさ、まるで違う指揮系統で動いてるんだよ。だから、ほら、さっさと行きなよ。それがあたしが動ける条件でもあるんだから。あとから言われるのは嫌なんだよ。情で動いたとか。あたしだって正義を信じてるのにね。本当にね」
俺といっしょに戦場に参入することは、俺の手助けをしている疑いをもたれる要因になるということか。エレナはエレナでひとりで動きたいんだ。そうじゃないといけないんだ。
「わかりました。ここまでありがとうございました。エレナさんは良い人です」
「ふん、可愛い。アンナちゃんには勿体ないなー、あたしが食べちゃおっかな」
「では」
俺は思い切り地面を踏みきる。
同時に魔力で発生させた上昇気流が、俺の肉体を遥か上空まで運んでいく。
身体を打ちあげたら、今度は滑空して戦場を俯瞰する。
泣き声の荒野は広大で、殺風景で、うえから見下ろしただけでは、とても家族の姿を見つける事などできない。ましてや最後に会ってから5年は経ってるはず、今は戦時で普段とは服装も違うことを思えば、アディやエヴァを探すことは至難の業のように思われた。
俺は直観を働かせるが、たぶん生きてるくらいのことしかわからない。
この能力もあくまで勘ということだろうか。
勘にすべてを頼りきるのは不安定さが目立つ。
滑空でゆっくりと高度を落としていく。
地上を蹂躙する炎の怪物から人々が逃げている。
「白の星よ、氷雪の力をここに
あまねく神秘を、聖獣の御手へ還せ
彼が目を覚まさぬうちに、世界を零へ導きたまへ
幻氷の地に立つ、我ら彼方の脈々となる──《ウルト・ポーラー》」
完全詠唱氷属性四式魔術。
さらに15発ぶんの魔力を編み込んだ最大威力の魔氷砲弾である。
絶滅指導者に負わされた傷か、アヴォンに蹴られた傷かは知らないが、全身がきしむように痛んだ。体がじじいになったみたいで、気を抜けば、バラバラになってしまうんじゃないかと不安にかられる。だが、いま頑張らなくては。
俺は上空から魔氷砲弾を放った。
命中。背中から腹部へ胴体を貫通し、氷の華のなかにに恐ろしい怪物は沈んだ。
やはりこれが一番物理的威力を期待できる。
俺は着地し、助けた人々のもとへ。
「あ、あんたが倒してくれたのか……!?」
恩を売れば、こちらの要求にも積極的に答えてくれるだろう。
「アルドレアという騎士貴族がキンドロ軍にいたはずなんです。知りませんか?」
「あ、アルドレア? いや、聞かないな……俺たちは第6軍の配属だったから、それよりはやくここから逃げねえと!」
「待ってください、なんでもいいんです、何か情報を! キンドロ軍が配備されてた場所だけでも!」
戦場の敗残兵たちに話を聞いて、一応、キンドロ軍がいたらしい方角だけは教えてもらえた。丘陵の右側にいたらしいと聞き、俺は再び風の魔術で空へ飛びあがった。
貴族軍の方角を見やれば、土壁の割れ目から、我関せずとばかりに傍観している。
「召喚獣に巻き込まれたくないもんな」
胸糞の悪い話だ。
急がないと。
丘陵の上方で再び炎の怪物を発見。
俺は一旦着地し、再び飛び上がり、高度を確保する。
絶対有利な状態からウルト×15魔氷砲弾を撃ち込んだ。
胴体を横から貫通し、一撃で沈黙させる。
ぽつぽつと雨が降り始める。
視界が悪くなる。はやくしないと。
怪物の近くに上等なフルプレートを着た騎士たちを発見した。
位置的に王族軍の真ん中なので、もしかしたら王陣の撤退の際に殿としてのこった騎士かもしれない。勘だけど。
着地すると、召喚獣と戦っていた大柄の騎士が困惑した表情でたずねてきた。
「君はいったい……」
悠長に答えている暇もない。
まだ生きているかもしれない家族が次の1秒で死んでしまうかもしれないのだ。
「失礼、急いでいて、人を探しています、アルドレアという名前の人物を知りませんか?」
「アルドレア……キンドロ様のご息女が第3軍で騎馬隊を率いて戦果をあげていたよ」
「っ」
キンドロの息女、エヴァのことだ。
「だが、見ての通り、召喚獣のせいでもはや指揮系統もなにもない。王族軍は散りぢりに戦場と反対方向へ逃げただろう。第3軍ならば、そうだな、あちら側へ逃げるのが形としては自然だ。彼女は騎馬を持っていたから、もしかしたらとっくに戦場にはいないかもしれない」
騎馬隊……だとしたら、歩兵より遥かに機動力はある。
それじゃあ召喚獣の攻撃を受けて、もうとっくに離脱しているのか?
いや、違う。俺の勘はそう言っていない。
俺は第3軍のあった方角を見やる。
雨が強くなってきた。視界が効かなくなってくる。
俺は魔眼の力を信じて雨粒の隙間を縫うように目を凝らす。
(一生分の剣気圧を捧げて手に入れた目なんだろ、もっと頑張れよ)
「私の名はマーヴィン・テンタクルズ、王直轄の魔法騎士隊隊長だ。君、その氷の魔術、凄まじい破壊力だ、その力なら召喚獣らを一掃できるかもしれない。力を貸してくれないか?」
「すみません、いまは他人を助ける余裕はないんです。でも、狩人が来ます。筆頭狩人です。やる気なさそうな人ですけど、たぶん召喚獣を一掃してくれますよ」
「……なに? 君は……本当に何者なんだ?」
「あっ」
「おい、君、聞いているのか?」
激しい雨の向こう側、森の近くまで夜空の瞳は見通していた。
本気を出せば見え過ぎるほどに見えた、その光景は、地に伏したエヴァが今まさに騎士たちに取り囲まれているところであった。
飛んで間に合うか?
いや、無理だ、いまにも剣で背中から首を落とそうとしてるじゃないか。
距離が遠すぎる。
「クソ」
丘陵の頂上付近で杖を構える
ここから狙い撃つ。距離にして600m以上ある。
だが、やるしかない。
氷の魔力を結集させ、砲弾よりさらに小さく、ライフル弾のごとき鋭さをもつ弾丸をつくりだす。
空気抵抗、風向き、重力。
魔氷狙撃弾の先端をできるだけ尖らせ、詠唱→集積→形成→威力指定→魔術発動における『威力指定』の段階で、回転の運動エネルギーをくわえる。空気抵抗を減らし、弾道を安定させるためだ。
夜空の瞳で剣をふりあげた騎士へ狙いを定め、直観により微調整を行う。
「当たれッ!」
魔氷狙撃弾は勢いよく放たれた。
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