ダブル


 

 錬血秘式、それはエースカロリの誇る血の魔術のうち奥義にあたるものだ。

 家の起源を歴史ある古い魔術家にもつエースカロリの狩人は。血の模倣者として、吸血鬼の強力無比な攻撃を狩りの道具として使用して戦う。

 

 星落としは血を剣身にまとわせ、引き絞り、槍のように放つ奥義だ。

 かつて夜空に浮かぶ星すら穿ち落としたとされる赤槍は、文字通り驚異的な射程を誇ると同時に、無限の貫通力をもっている。


「はあ、はあ」

 

 ただし使用者は技後、血を大量に体外に放出した反動で貧血に陥る。

 エースカロリの血は特別製なためすぐに体にもどってくるが、復帰までに多少の時間はかかってしまう。


「わん!」

「アーカム、いま超能力者を無力化した、はやく来て」

「わん!」


 壁に背をあずけて深呼吸をくりかえす。

 壁を、床を、天井を飛び散った赤血がたどって、主人の元へ戻っていく。

 アンナはすこしずつ顔色をよくさせていった。


 依然として、荒垣の遺体はビクビク痙攣している。

 見たところ、ヒーリングによる回復はかなり遅いようだった。


「悪いけど、血の魔術っていうのは同時に劇毒の魔術だよ。本物の吸血鬼は血の毒を敵に打ちこんで獲物を確実に仕留める。それはあたしたち血の狩人も同様なんだ」


 血の呪いとも呼ばれ恐れられる毒により、荒垣の肉体は腐敗し継続的なダメージにさらされていた。

 だから、回復が遅いのだ。


 アンナはホッと息をつく。 

 アーカムがやってくるまで時間を稼げると思ったからだ。 


「まさかまさかの毒使いとはね。恐れいったよ、伊介天成」「

「……っ」

「どうしたそんな顔をして。

「……。最悪だね。あんた」

「はは、最悪なのは君のほうじゃないか」


 腐敗し、痙攣する荒垣の肉片──が転がるのとは逆側の通路から白衣を着た老人、荒垣シェパードその人が腰裏で手を組んで優雅に歩いてやってくる。


「低温攻撃に、ヒーリング対策の毒まで仕込むなんて。この短時間でよくそこまで準備をしたものだね。尊敬するよ」

「どうやって攻撃をかわしたの。完全にとらえたはずなのに」

「簡単な話だよ。そもそもわっちに君の攻撃はあたらなかった」


 荒垣は自分の顔を撫でる。

 すると、彼の側道部から、荒垣とまったく同じ顔がにょきっと生えて来た。


二重化ダブルということだね。複製ともいえるかもしれない」

「っ……分身をつくりだせるの?」

「当然。言わなかったかな。カテゴリー4とカテゴリー5では生物としての段階が違う。カテゴリー4の標準はパーフェクトデザイン、ヒーリング、サイコキネシス……そして、カテゴリー5になると、ここに自己複製保存能力が追加されるわけさ。……何度でも言おう。カテゴリー5は生物としての段階が違うのだよ」


 荒垣は改まった様子でサイコアーマーを高強度でまとうと、サイコウィップを展開した。

 奥で毒に侵されていた荒垣複製体も、ようやくヒーリングが血の毒を上回ったようで、むくりと起き上がった。


「絶望してくれたかな」


 荒垣は嬉しそうにたずねる。

 アンナは悪趣味な老人の瞳をまっすぐに見つめ答える──


「うんん、全然」

「この状況でそう強がれるか。どうしてだね」

「どうして? だって相棒が来たからさ。あんたごときに絶望なんてしてやらないよ」


 直後、風の弾丸が荒垣の右肩を穿ち、腕をちぎり飛ばした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る