氷属性式魔術


 アーカムたちは大祭壇の横の通路から王家の城へと入った。


「こんな道が……雰囲気が変わりましたね。寒さが和らいでいきます」

「聖獣フェンロレン・カトレアの異空間は、地下水路と、都市中央の王城、そのほかいくつかの隠し通路と接続されている。表の王家は執政を行い、裏の王家は王城の秘密のエリアで一生をすごし、神秘の間でひたすらに修行を積む」


 誰もいない暗い通路の先、古びた書庫にたどりつく。

 王城の地下にこのような空間があることは、ごく一部の限られた人間しか知りえない事実だ。

 丁寧に手入れされているようで、埃ひとつとして積もってはいない。重厚な空気で満たされている。


 適当な机に腰を落ち着かせる。


「まさか、ここまで上手くいくとは思わなかったわん」

「なにがですか」

「我は聖獣より、開拓者迎撃の使命をあずかり、そして、眷属である聖獣の上澄みたちを動かし、開拓者の討伐に出た。だが、上澄みは敵に自我を奪われ、そのうえで殺されてしまった。次は我が直接叩こうと思ったところへ、貴様たちが現れた。すべてはフェンロレン・カトレアがたぐりよせた運命の導きなのだろう。わん」


(示し合わせたわけでもなく、俺とアンナはカイロに出会い、そして、流されるままに聖獣と出会い、新しい力を与えられた。これもまた聖獣の手繰り寄せた結果なのだろうか)


 アーカムは氷の華を咲かせ握りしめる。

 アンナはその様を、キラキラした眼差しで見つめる。


「まさか、適正のまったくない僕が氷属性式魔術を使えるようになるとは」

「それは誤解というものだろうアーカム。貴様には優れた魔術の才能があった」

「優れた才能……」

「そうでなければ、聖獣の与える巨大な叡智に耐えられるわけがないわん。適性はもらえる。だが、その適正に耐えられる才能がもらえるわけではないわん。貴様がすでに氷の華を作り出せていることが、貴様の卓越した能力をすでに証明している。わん」


(ふふ、そうかな? ふふふ、天才かなぁ。まあ、旅の最中、魔導書を買って、教会魔術も三式まで使えるようになりましたけど?(自惚れ) そこに加えて、稀少属性手に入れちゃいましたねぇ? へっへ、俺まじ天才じゃね)


 クソほど調子に乗り始めていた。


「貴様は火属性に風属性というごく稀に現れる多重詠唱者だわん」

「水もいけますよ」

「……何式までわん」

「まあ、三式までなら(自慢げ)」

「……ふむ、やはり天才だったか」


 カイロは車庫の奥へ行き、すぐに戻ってくる。手には薄い本を持っている。


「これは世に少ない氷属性一式魔術に関する魔導書わん。貴様ほどの天才ならばもしかしたら使いこなせるかもしれん」


 アーカムは本を受け取り、パラパラと流し読む。


「なるほど」

「奴らは都市の外に冒涜的な怪物を配置している。聖獣への攻撃のためだろうが、副次的に都市を閉鎖する能力も持っているようだわん」

「つまり、開拓者を倒さないことには都市から出ることすらできないと」

「そうだ。だが、おかげで敵もまたゆっくり着実にことを運んでいるわん」

「聖獣はどれだけ耐えられますか」

「おそらくは1日、それ以上は聖獣を異空間より引き抜かれる可能性がある。あの黒い巨人たちは探しているんだ。そして、結界を突破しようとしている。奴らが聖獣へ攻撃を成功させる前に、決着をつけなければならない。さもなければ、クリスト・テンパラーで起きた悲劇がまた起こるわん」


 クリスト・テンパラーの悲劇。

 外壁を破壊され、王城を破壊され、都市機能が完全に失われた。

 それはすなわち、開拓者たちはすでに一度、聖獣の奪取に成功し、意のままに操り、都市を攻撃させることに成功しているということである。


(超能力たちが聖獣の支配し、何しようとしてるか知らないが、必ずその企みを打ち砕く)


 アーカムは薄い本に視線を落としたまま、片手に持って開く。


「白の星よ、氷雪の力をここに

       ──《ポーラー》」


 空いている方の手を前へ突きだし、魔力を集積し、空気中の熱運動を停止させる。

 空気がスーッと冷えていき、部屋が凍てつき始め、球体状の氷の結晶が生み出されていく。


「っ、貴様……なんということだ……」

「あたしの相棒、天才なんだ」

「貴様、さっきから自慢げだな」

「ふふん」

 

 アーカムはその超越的な才能を遺憾なく発揮した。ただ一読しただけで氷属性式魔術を会得してしまったのだから。

 カイロは言葉を失い、アンナはそんな彼女を見て、腕を組んで、えらくご機嫌な笑みを浮かべた。

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