神に気に入られる


「やつら開拓者は我らの聖獣をこの空間から引き出すために、いにしえの邪悪をこの都市へ連れて来た……おい、アーカム、聞いているのかわん」

「アーカム、どうしたの」


「なんかいますけど」


 アーカムは天井を指さした、

 

「何もいない。貴様、適当な話をして時間を無駄にするなら同盟の話は無しにするぞ。……わんっ!」

「アンナは見えますか」

「あたしはなにも見えない」

「そうですか。それじゃあ、あれは僕だけに見えていると」

「……。なにが見えているんだわん」


 アーカムは夜空の瞳で、まっすぐにその存在を見つめる。

 巨人はアーカムの視線をみつめ返した。

 

 そして、2人は繋がった。


 直後、脳の細胞すべてが同時に焼き切れるような痛烈な刺激が、アーカムを襲った。

 思わず、膝をつき、頭を押さえるアーカム。


『開拓者を解体せよ──』

 

 脳の隙間に指を差し込み、こじ開け、直接息をふきかけて、囁いてくる──そんな薄気味悪い感覚を覚える声だった。それは本質へ語りかけてくる声音だった。


「開拓者を……解体せよ……」

 

 アーカムは復唱する。

 

 アンナは駆け寄り、アーカムの肩に優しく手を置いた。


「どうしたの」

「あれは……あれが、上位生命……」


 アーカムは再び天井を見上げる。

 骨と皮の巨人はじーっと見下ろしてきている。

 もう何か意志を発する気はないらしい。

 沈黙しているだけだ。なにもしてこない。


 カイロはアーカムの身に起こった異様な現象に心当たりがあった。

 聖獣と接触したのだ。

 その証拠に、アーカムの体からは焦げたような匂いがしている。

 

(いきなり、脳が焼かれるような痛みに襲われる。我の場合は、全身から血を吹き、数カ月まともに動くことすらできなかったが……)

 

「アーカム、貴様、もしや本当に聖獣フェンロレン・カトレアを見ているのかもしれないな。わん」

「天井に張り付いてます。デカい巨人です」


 アーカムは姿かたちの詳細をカイロに伝える。


「そうか。我とて伝承でしか知らぬ身だが、たしかに聖獣フェンロレン・カトレアの本質は狼ではなく、人の足跡を残す巨人であるという説もあるわん」


 カイロはアーカムを見つめる。


 アーカムは指先を震えさせながら、腕を持ち上げ──手のひらのなかに、氷の結晶を咲かせていた。

 

(信じられない……俺にはわかる、理解できる……脳回路をショートさせたあの情報量……あれは、神秘の知識だ。人にはすぎた智慧だ。体を駆け巡る新しい魔力の性質……カイロさんのもと似ている。つまりは氷属性式魔術の適正だ。これがあの巨人──聖獣のチカラ。人類に意図した才能すら芽生えさせると言うのか)

 

 アーカムをして、身の毛もよだつ思いだった。

 

 カイロはアーカムの身に起こった事と、彼が今感じている、聖獣への畏怖畏敬の念をよく理解していた。


(聖獣に目をかけてもらうのに我は10年かかったというのに……この男、やはりというべきか普通じゃない。異常というべきか、天才と言うべきか、奇跡と形容するべきか……)


 とにもかくにも、聖獣に気に入られたことだけは、確かな事実である。




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