信頼を抱き締めよ


 アーカムとアンナは棺を担いで、人気のない路地裏へと逃げてきた。


 余裕綽々で持ちあげたアンナとは違い、アーカムは顔を真っ赤にし、汗だくで、逃げてくるまでに木棺の重さに死にかけていた。


「はあ、はあ、はあ」

「アーカム」

「少しだけ、待ってください、はぁ、はぁ」

「……。待ったよ。で、アーカム」

「はやいはやい、はやいですって」


 アンナは腕を組み、豊かな実りをよっこいしょと乗せながら、眉根を不機嫌に歪めた。


 アーカムは「あ。怒っていらっしゃいますね」と察し、3秒後にスープレックスを決められる未来を見た。


「さて、どこから話しましょうか」


 アーカムは腕を組み「もちろん話すつもりだったよ」という雰囲気をだしながら、遠くへ視線を逃した。


「アーカムを信じて、全部、なるように任せてた。流石に一回殺されかけるとは思わなかったよ」

「……でも、僕のことを信じてくれたんですよね」

「相棒だから。あんたを信頼してるから……だよ」

「ありがとうございます。おかげでやつらをこうして無力化出来ました。僕一人じゃ無理だったでしょう」

「アーカムなら何とかするよ。あたしがいなくても」

「まさか。アンナがいたから──」

「お世辞はいいよ。で、なんなの、そいつら。アーカムが探してた銀色の髪に黒い外套の女とはずいぶんと違うようだけど」


 アーカムは思案する。


(きっとパーフェクトデザインで姿を変えたんだろう。やつらは第二次異世界転移船の計画で来たと言う。おそらくは緒方の船NEW HORIZON号と同型、あるいはそれより大きい船がこの世界のどこかにある。敵の数は6人。2人は無力化して残るは4人……って、違う違う、今はアンナにどこまで話すべきかを検討するべきだな……彼女が知るべき事実はどこまであるのか……彼女が知るべきではないことはなにか)


 そこまで考えて、ハッとした。

 アーカムは突然、自分の顔を自分で引っ張いた。


「アーカム……?」

「すみません、僕は、最悪な人間だと、思って」


 アーカムはそう言って、あっけからんと笑う。


(お前は何様だ。俺のため命をかけ、信じてくれた少女を前に、知るべき情報? どこまで教える? 都合の良いやつだ)


 信頼。

 その力に救われたばかりなのに、アーカムは自分自身がその信頼に背を向けようとしていることを恥じた。


「アンナ、長い話になります。おそらく、アンナの計り知れない話です。ですが、今から語ることは、なにひとつふざけてなんかいない。大真面目も大真面目な話です。そして、この事は誰にも、決して、親だろうと、姉妹だろうと、話してはいけない。つまり、機密です。いいですか。僕とアンナだけの機密事項です」

「……機密。わかった。機密、ね。あたしとあんたしか知らない機密ね」


(ん? なんか機嫌よくなったか? ああそっか。コート大好きアンナさんは、機密という単語も大好きなんだな。なるほどなるほど。機密好きって、なんか可愛いな)


「まずは、この世界とは違う別の場所のお話をしましょう。そこには月が一つしかなくて、1日は24時か無くて、一ヵ月も30日前後しかありません。高度に発展しか技術で、世界を渡ろうとする方法を調べる者たちがいましてカクカクシカジカン」


 2人は路地裏に棺を寝かせて、そこにしばらく座り込んだ。

 アーカムは語り、アンナは傾聴した。


 アーカムはできるだけわかりやすく、アンナの理解できるように言葉を選んで話した。

 

「僕がこの世界に感じていることはただひたすらの感謝と喜びです。残酷なことや、悲劇はありますけど……僕はここで尊い物を手に入れた」


(こちらの世界で手に入れた最も価値のある物……アンナが昔、言ってた言葉。俺が一時期やたら乱用してた言葉。思い出すと、恥ずかしくて、口に出すと、痒くなりそうだ)


「仲間っていいですね」

「……また始まったね、アーカムの仲間の押し売り」

「僕たち仲間でしょう? なら、何を遠慮する必要があるんですか、仲間と宣言することに」

「アーカム、顔赤くなってるよ。こっちまで恥ずかしくなるから、もう言わないでいいよ。お互いにダメージ受けてたら不毛だから」


 そう言って、頬を薄っすらと染めたアンナは立ちあがる。

 気恥ずかしさを紛らわせるように棺をよっこいしょと持ちあげた。


「持ってあげるよ、その棺桶。あんた腕力無いからさ」

「これが仲間、ですよね」

「……」


 仲間の素晴らしさをさとり、やたらめったら乱用してしまう

 アーカムの悪い癖だ。


 アンナはこれ以上その場にいたら、恥ずかしさで死ぬ気がした。

 ゆえにアーカムと棺を置いてスタスタと歩きだした。


「あれ? アンナ? すみません、もしもーし? あの、これ僕持つんですか? え? 本当に? やだなぁ、冗談ですよ。あれ? 本当に行っちゃう感じですか? アンナ? アンナー? アンナー!」


 結局、アーカムは自分で90kgの棺を運ぶことになった。

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