第三章 闇の住まう深緑

深緑の密林


 ごつごつした感触を頬に感じる。

 起きあがると硬い岩肌に寝ていたのだと気がついた。

 目がしょぼしょぼする。が、すぐに見えるようになる。

 頭はハッキリしない。モヤがかかったみたいだ。

 でも、いつものことだ。寝起きは得意ではないから。


 周囲を見渡すと、不思議な光景が広がっていた。

 真っ暗な世界に、焚火がポツンとある空間だ。

 

「ウガ、ダラ、ホバ!」

「ホバダ、ウガダ!」


 焚火を囲むようにして謎の言語を喋る褐色肌の女たちがいた。

 エーテル語じゃない。

 あたしはそう思いながら、ふとここがとても寒い場所だと気づいた。

 厳密に言えば寒いというより、心許ないというか。


「服」


 素っ頓狂な声が漏れた。

 自分でも驚くくらいアホな声だった。

 あたしは服を着ていなかった。

 一糸纏わぬ姿であった。

 そんな姿で岩のうえに寝かされていた。

 屈辱的だ。犯人への報復を考える必要がある。

 

「ホバ、アダ!」

「ウダ、ウダ! ウダ!」


 謎の言語を喋る褐色肌の女たち。

 焚き火のあかり照らし出す顔はどれも端正なもので、よく整っていた。

 美人な彼女たちはたいへんに怪しむ眼差しでこちらを見ている。

 どちらも若い。

 片方は若く見えるという意味の若い。

 もう片方はあたしと同じ年齢くらい。

 つまり幼いという意味での若いだ。


 周囲へ目を凝らす。

 暗くてよくわからないが、空が見えない。

 星が見えない月が見えない、と言ったほうが正しい。

 となると、推測されるのはここが洞窟か深い森ということ。

 

 足元へ視線をむける。

 土、草、枝。思えば、空気が澄んでいる気がする。

 そして、ちょっと気温は高め。湿度も高い

 洞窟内だとこうはなりにくい。

 

 状況から察して、どうにもここは熱帯地域の森らしいとわかる。


「あんたたち、あたしの言葉がわかる?」

「ウダ、アダ!」

「あたしはアンナ・エースカロリ。ここへ来た記憶がないの。なにか知っているなら教えてくれる?」


 最後の記憶は……絶滅指導者との戦い。

 アーカムが異空間に飲み込まれ、出てきたと思ったら、とてつもない剣気圧をまとって絶滅指導者を追い詰めていた。

 まだ奥の手を隠していたなんてアーカムも人が悪い。


 手柄を横取りしようとしたけどダメだった。

 結局、先生がトドメを差してくれたけど……あの後、なにが起こったのかはよく覚えてない。


 なぜ、あたしはこんな真っ暗な森にいるのだろう。


 岩から降りる。

 ふと寝ている岩が浮いていることに気がついた。

 なんで浮いているのか。

 頭の良いアーカムならわかるかもしれない。


 身体をペタペタ触る。

 もう再生していた。まだ穴が空いていたらどうしようかと思った。

 ただ、深い倦怠感がある。だるい。とてつもなくだるい。

 おそらくしばらくの間は再生能力は99%ほど低下するだろう。

 血の模倣者が血脈開放を行えば、その反動は本物の吸血鬼よりも大きなものとなるのである。覚悟のうえで使ったのだから文句はない。

 

「ウダウダウダ!」

「アガ、ウダ! ホバ!」

「ごめん、言ってることわからない。こんなところで呑気に寝てるわけにはいかないんだよ。相棒と先生を探さないとだから。それじゃあね」


 あたしは歩きだす。


 ところで服はどこに?

 原住民らしき彼女たちのように葉っぱでも纏おうか。


 焚き火の灯りが届く範囲で、適当に葉っぱを集めて簡易的な装束をつくる。

 すこし胸部がパカパカしてる気がするが、別に見られて困る物でもない。

 

「ホバホバホバ、ウダウダウダ!」

「ん?」


 急に彼女たちが騒がしくなったかと思うと、うえのほうからガサガサと音が聞こえてきた。

 木々の間を何かが移動しているようだ。

 暗いのによく見えるな、なんて思いながら警戒していると、何かが降りてきた。


 褐色肌の女たちだ。

 手には剣やら槍を持っている。

 身体はキュっと引き締まっており、発達した筋肉が隆起している。

 上質な布で胸と恥部を隠してるだけの原住民にすぎないが、高度な戦士の気を感じた。


 全部で4人。

 統率の取れた囲み方をしてくる。

 

「ウダぁあ!」


 手前の戦士が斬りかかってきた。

 鎧圧で覆った手刀で刃を砕く。

 回し蹴りでお腹を打って押し戻す。


 今度は槍が突き出されてくる。

 掴んで、引っ張り、奪ってあげる。

 

 奪った槍で、女戦士たちの足をすくって転ばせ、武器を取り上げ、顔を蹴って気を失わせる


 ひとりだけ残して全員倒すと、今度は焚き火の近くにいた女たちがどこからともなく黒光りする短剣を手に襲いかかってきた。

 

 黒曜石の剣だろうか。

 手をズバッと押さえて、ひねって転ばせ、武装解除させる。


 そろそろ、イライラしてきた。


「あたしはそんなに気が長くない方なんだけど」


 黒曜石の短剣を強く握る。

 バギンッ。火花が散って刀身が砕けた。


 まだ意識がある少女の戦士は瞳に涙を浮かべ、這いつくばりながら震えている。

 ただ、逃げることはせず、気絶した仲間を庇うように尻餅をついていた。

 

 ここにいくつかの手掛かりを掴むことができる。

 

 ①統率の取れた動き

 ②仲間思いの戦士

 ③全員が女性

 ④身体的特徴(褐色肌と美人しかいない)


 以上から、彼女たちの正体の推論を立てることができる。

 

「あんたたちってアマゾーナの戦士?」

「ホバ、ぁ、ぁ」


 武器を取られ、仲間を倒され、すっかり弱腰になった少女の戦士。


「仲間! 仲間わかる? 仲間!」

「ホバぁ、ぁ」


 彼女たちの村か里。

 拠点に相当するコミュニティがあるはず。

 アーカムと先生はそこに囚われてるかも。


 気絶した女戦士たちを焚き火の近くに横たえておく。


「あたしは気が短いからね。仲間のところに連れていって。言うこと聞かないとこう! こう! こうだからね! ……わかった?」

「ホ、バ、ホバ……」


 精一杯こわい顔をすると、少女に意思が伝わったのか、彼女はトボトボ歩きだした。

 

 さて、どこに辿り着くのか。


 ここはどこか。

 アーカムはいるのか。

 先生はいるのか。

 そもそも2人は生きているのか。


 何が起こったのか早急に確かめる必要がある。

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