第2話
☆☆☆
須賀君が歩くと女子生徒が立ち止まり、そして黄色い悲鳴を上げる。
そんなのは日常茶飯事で、もちろんあたしよりもずっと可愛い女の子もその中にいる。
だからこうして2人で並んで歩いていることが自分でも信じられなかった。
あたしは須賀君を見下ろして、その後頭部を見つめた。
スカンクは基本的に黒い毛が覆われているが、体の真ん中に線を引くように白い毛が生えている。
これは他の動物への警告色と言われているようだ。
「今日はいい天気だね」
ふいに見上げてそういわれ、あたしは思わず持っていたお弁当箱を落としてしまいそうになった。
気がつけば目的地の中庭に到着したところだった。
「そ、そうだね!」
慌てて返事をして中庭に出ると心地よい日差しが降り注いでいる。
中庭の真ん中には大きな木が植えられていて、その木を取り囲むように丸いベンチが置かれている。
ベンチから離れた場所で3人の男子生徒たちがバドミントンで遊んでいるのが見えた。
「ここに座ろう」
ベンチに腰をかけると、須賀君はあたしの隣に素早く飛び乗った。
さすがの身体能力だ。
身長はないけれど、野生的な身体能力の高さからいろいろな運動部からスカウトを受けているらしい。
「須賀君は部活動に入らないの?」
もう5月だ。
早い生徒たちは4月中に部活動を決めて、活動を始めている。
「僕の家は兄弟が多いからね。早く帰って家のことをしないといけないんだ」
兄弟が多い……。
そ、それってやっぱりスカンクだからだろうか?
スカンクは一度に5~6匹の子供を生むらしいし!
脳内でスカンクの大家族の様子が再生され、あまりの可愛さに悶絶する。
須賀君は包みの中から果物を取り出して口に運び始めた。
それを見てあたしもお弁当箱を広げた。
「き、兄弟が多いってことは、小さいスカンクちゃんもいたりして?」
ドキドキしながら質問してみると「小さいのはいないなぁ。僕ら六つ子だから」
と、即答されてしまった。
ちょっとガッカリしながらも、須賀君が他に5匹のいるという事実だけでご飯3杯はおかわりできそうだ。
須賀君の家はドリームワールドで間違いない。
小さな口でカシカシと果物をかじる須賀君の姿に胸の中がやわらかくなっていくのを感じる。
日ごろのギスギスとした気持ちがどんどん包み込まれていく。
すべでのストレスが消え去っていく。
まだまだ須賀君の食べているシーンを見ていたい!
と、思っていたときだった。
視界の端に何かが走ったのが見えた。
なんだろうと視線を向けるよりも先に須賀君が動いていた。
それは目にも止まらぬ速さで走り出したかと思うと、そのまま何かを捕まえていた。
「へ……」
突然の出来事で頭がついていかず、キョトンとしてしまう。
バドミントンをしていた3人組も何事かと動きを止めて須賀君を見ている。
須賀君はその場から動こうとしない。
「す、須賀君?」
慌ててベンチから降りて須賀君に駆け寄る。
そのときだった……。
バリバリッ!
むしゃむしゃむしゃ。
なんだか不吉な音が聞こえてきてあたしは足を止めた。
「す、須賀君、なにをしてるの?」
須賀君は返事をしない。
背中を丸め、なにかを食べているようだけれど。
そっと須賀君の前に回り込んで確認した瞬間、須賀君の口の周りが赤くなっていることに気がついた。
あ、あれは血……?
そして須賀君が両手で握り締めて持っているものは……ネズミだ!
頭からガブリとやられたのかすでに顔はない。
しかし灰色の体と長いシッポがネズミであったことを物語っていた。
「い、いっ……」
これは須賀君にとって大切な食事なんだ。
果物だけじゃ偏ってしまうから、咄嗟に狩をしてしまったんだ。
頭でそう理解しようとしても難しかった。
サッと血の気が引いていき、気持ちが悪いという気持ちがわいてきてしまう。
そして悲鳴を上げそうになったとき「お前、なに食べてんの?」という声が聞こえてきたので、悲鳴は喉の奥に引っ込んでしまった。
ショックを受けた状態のまま顔を上げると、いつの間にかバドミントンをしていた3人組みが近くに立っていた。
あたしたちと同じ1年生だけど、あまりいい噂を聞かない3人組みだ。
騒いで授業を中断させたり、外でよくない友人と会ったりしていると聞いたことがあった。
あたしは咄嗟に身構えて3人をにらみつけた。
「もしかしてお前ネズミ食ってんのか?」
「う~わ、キモッ!」
3人の言葉に嫌な雰囲気が広がっていくのがわかった。
「す、須賀君はスカンクだからだよ!」
咄嗟に須賀君をかばうように前に出た。
だけどあたしのことなんて視界に入っていないようで、3人は須賀君の腕をつかんで取り囲んでしまった。
「ちょ、ちょっと!」
3人ともどんなトレーニングをしているのか知らないが、高校1年生とは思えないほど筋肉がついている。
背も高くて、小さな須賀君にとってはひとたまりもない存在だ。
「ちょっと!」
声を上げてみたところであたしを気にしている様子もない。
須賀君の小さな体は見えなくなってしまった。
こ、これはやばいんじゃない!?
「やめてよ!」
どうにか男たちに割って入ろうとしてみてもうまくいかない。
もう先生をつれてくるしか……!
そう思ってきびすを返したときだった。
ぷぅ~という音が響いていた。
その音がなんなのか確認する前に須賀君が目の前にいて、あたしの口にガスマスクが押し当てられていた。
な、何が起こってるの!?
周囲の空気が黄色く包まれていくのが見える。
そして3人の男子たちがバタバタと倒れ始めたのだ。
まさか毒ガス!?
いや、でも須賀君はガスマスクをつけてないし、どういうこと?
「行こう」
さっぱり自体を理解できないまま須賀君に手を引かれて、あたしはその場を後にしたのだった。
1年B組に戻ってきたあたしはようやく落ち着いて、須賀君がおならをして3人を撃退したのだと理解した。
気絶した3人は偶然通りかかった先生に、保健室に連れて行かれたらしい。
「すごいよ須賀君! あんなたちが悪いが連中を一発でやっつけちゃうなんてさ!」
興奮気味に言うと、須賀君は頬を赤らめてモジモジしながらうつむいた。
「全然すごくなんてないよ。僕、おならしちゃっただけだし」
「なに言ってるの! そんなの誰にもできないことなんだよ!?」
あたしは須賀君のもふもふな手を握り締めて言った。
「そ、そうかなぁ?」
「そうだよ!」
須賀君にはもっと自信を持ってほしくて熱っぽく言う。
すると噂を聞きつけた女子生徒たちがやってきて、あたしは簡単にその輪の中からはじき出されてしまった。
女子生徒たちは黄色い声で須賀君を賞賛している。
「ありゃまぁ、あんたの彼氏の人気ほんとすごいね」
自分の席で漫画を読んでいた理穂が顔をあげ、哀れむような声で言った。
あたしは大きくため息を吐き出す。
「ほんと、勘弁してほしいよ」
疲れきった声で返事をする。
可愛い須賀君が喧嘩も強いとなると、人気は更に高まることだろう。
「でも、あの3人もしばらくおとなしくなりそうでよかったじゃん? 他のクラスだけど、すごくうるさくて授業にならなかったって言うし」
理穂は前向きなことを言ってくれる。
「まぁ、それはいいんだけどね」
チラリと女子の輪を見つめる。
須賀君がおならをしたことを恥ずかしがっているため、女子たちは須賀君が喧嘩をして勝ったと思っているようだ。
修正したいが、須賀君のことを思うとそれも阻まれる。
この人気が悪いほうへ向かわなきゃいいけれど……。
あたしは内心の不安を押し隠して、気がつかれないようにため息を吐き出したのだった。
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