スカ君しか勝たん!

西羽咲 花月

第1話

夏の装いが近づいてくる5月中旬頃、1年B組の教室内は今日も騒がしかった。



「美世おはよー! 昨日のテレビ見た!? もうめっちゃ面白かったよねー!」



朝の7時56分。



友人の大島理穂(オオシマ リホ)がマシンガン顔負けに話しかけてくる。



声量も無駄に大きい。



「見た見た! お笑い番組でしょ?」



あたしは負けじと同じくらいの声量で返事をした。



そうしないと周りのおしゃべりに自分の声がかき消されてしまうからだ。



「そうそれ! あのコンビいいよね! あたしすっごい好き!」



美世は目をキラキラと輝かせて言った。



あのコンビとは最近人気の芸人のことで、面白いのはもちろんのこと、スタイルも顔もいいことから女性ファンが多くいた。



今度写真集まで出すというから驚きだ。



「わかる! 2人とも服のセンスいいし、テレビに出てたらつい見ちゃうよねぇ!」



「あぁ~、彼氏もちの美世でもそう思う!? わかってくれてうれしいなぁ」



突然出てきて彼氏の二文字にあたしは一瞬頭の中が真っ白になってしまった。



そして次の瞬間頭に浮かんできた同級生、須賀君の顔に顔がカッと熱くなる。



「か、彼氏って、そんなっ」



慌てて顔の前でパタパタと手を振る。



「またまた、ラブラブなのは知ってるんだからね!」



理穂はそう言ってあたしのわき腹をつついてきた。



「ラブラブだなんて、大げさだよ」



言いながらも体の熱が急上昇していくのを感じる。



あたしは須賀君のことを言われると弱いのだ。



「あ、噂をすれば!」



理穂がそう言って出入り口へ視線を向けたので、あたしもつられて視線を向けた。



ちょうど須賀君が教室内に入ってきたところだったのだ。



その姿を見た瞬間胸がキュンッと悲鳴を上げる。



あたしは胸元でギュッと手を握り締めて、その悲鳴に耐えた。



「あ、須賀君おはよー!」



「おはよう裕子ちゃん」



「須賀っちおは!」



「アンナちゃんおは!」



「須賀君遅刻ギリギリじゃん」



「ギリギリでも間に合ったから大丈夫なんだよ、里美ちゃん!」



自分の席へ到着するまでほとんどの女子から話しかけられ、そのひとつひとつに受け答えをしていく須賀君。



須賀君があたしの隣の席に到着する頃には、あたしの気持ちはすっかり落ち込んでしまっていた。



「おはよう美世と理穂ちゃん」



せっかく須賀君から声をかけてきてくれたのに、ついそっぽを向いてしまう。



「おはよう須賀君!」



そんなあたしと正反対に元気、かつ甘ったるい声で反応したのは理穂だった。



見ると理穂の頬は赤く染まっている。



「ちょっと理穂!」



「え? あぁ、ごめん、つい」



睨み付けるとようやく自分が赤面していることに気がついたのか、理穂は自分の頬に触れた。



まったく、油断も隙もないんだから!



そう思いながら教室内を見回してみると、女子生徒のほとんどが須賀君に視線を向けていることに気がついた。



みんな目がハートマークになっている。



それところか、男子生徒までチラチラと須賀君に視線を送っているのだ。



ちょっと、冗談でしょう!?



あまりのライバルの多さにめまいがする。



「美世、顔色悪いけどどうかした?」



その言葉と同時に、額にもっふりとした感覚があった。



ハッと我に返ると目の前に須賀君の顔がある。



須賀君はあたしの体調を気にして、もふもふな手であたしの熱を測っているところだった。



「だ、大丈夫だよ!」



突然の至近距離に驚き、椅子ごと飛びのいた。



須賀君はキョトンとした表情であたしを見つめる。



「いいなぁ須賀君のもふもふお手手……」



理穂がうらやましそうにあたしを見ている。



あたしの心臓はドキドキと早鐘を打っていた。



突然至近距離で熱を測るなんて反則だよ!



「でもさぁ……」



ふいに理穂が真剣な表情になって須賀君へ視線を向けた。



その顔はとても難しい哲学にぶち当たった哲学者のそれのようだった。



「どうして須賀君ってスカンクなの?」



その一言に教室中が静まりかえった。



さっきまでおしゃべりに興じていたとは思えない静けさに、冷たい汗が流れていくのを感じる。



須賀君は小首を傾げ毛量の多いもふもふなしっぽを左右に揺らした。



「スカンクなのに制服着てるし、二足歩行だし、普通に学校来てるし」



理穂から発せられる超現実的な言葉にあたしは手で両耳をふさいでいた。



それは言わないで!



それは誰も突っ込んじゃいけないところなの!



心の中で必死に理穂へ向けて声をかける。



しかし、理穂は止まらない。



超自然的に擬人化された須賀君への突っ込みをこれでもかと繰り返す。



「もう、やめて――!」



限界が来て理穂の前に立ちはだかろうとしたときだった。



「あぁ~、なんでだろうね?」



あたしの膝くらいしか身長のない須賀君がケロッとした調子で言った。



え……?



「でもほら、制服似合うでしょう?」



須賀君用に小さく作られた制服。



ぬいぐるみのように愛らしくそれを着こなす須賀君はその場でクルッとターンして見せた。



そしてキラキラの瞳をクラスに撒き散らす。



その瞬間、黄色い悲鳴が飛び交った。



「須賀君可愛い!」



「後で写真撮らせて!」



「もふもふしたーい!」



当然のようにあたしもそのしぐさに胸を射抜かれた。



か、可愛い……!



誰にも負けない可愛さを持つ須賀君にクラクラしてくる。



「ん。まぁいっか。それだけ可愛ければもうどうでもいい」



理穂もあきらめたように呟き、そしてハートになった視線を須賀君へ向けたのだった。

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