第2話
彼と出逢ったのは、このラウンジバーだった。
私はいつものようにここに来て、いつものように踊って。それを見た彼が、煙草に火をつけようとしたので。それを奪った。それが始まり。吸おうとしたら、煙草が派手に燃えた。
知っている。何もかも。あれは煙草じゃなくて、ミント味の喉を潤すやつで。火をつけると派手に燃えてなくなる。知っていた。知っていて、そうした。記憶に残って欲しいなと、思ったから。
何かに惹かれたとか、ひとめぼれしたとか、そういう感覚ではない。自分とおなじひとがいる。似た誰かがいる。そんな感じだった。鏡に映った自分自身に話しかけるように、とても簡単に、普通に。彼に話しかけていた。彼も、まるで私のことをむかしから知っているみたいに、話しかけてくれた。
だけど、彼には仕事があった。
私には踊りがある。毎晩、ラウンジバーのバンドの近くに立って、ボックス四方の狭い空間で揺れる。そういう仕事。それに何の疑問もなく、ずっと、そうやって生きてきた。
彼は、歌う仕事だった。テレビに出るとかCDを出すとかではない。人ではない何かに向けて、歌う。それが人ではない何かを、動かす。神に聴かせたり、自然に向けて歌ったり、色々なところで歌っていた。
そして、歌うと。
彼は、記憶を奪われる。
人には過分な声。人を越えた歌。それは人の心の有り様まで変える。
彼は、会うたびに、私のことを、忘れる。
だから。
そのたびに、私は、彼に話しかける。
彼が、私に気付いてくれれば、それでいい。それだけでいい。
彼の目の前で踊る。彼のとなりに座る。彼に話しかけて、煙草擬きを奪う。そうやって、私たちは今日も出逢う。
夜だけが、私たちを引き合わせる。だから、夜になるのが恋しかった。
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