相席
こたみか
相席
近所のファミレスで、女ひとりで食事するのにもすっかり慣れた。
夜ちょっと遅く来て深夜料金を取られるのはなんとなく悔しいが、まぁ、空調も効いた所でゆっくりできるのだし、多少は我慢する。
今日も、深夜料金を覚悟して、遅めの夕飯をゆっくりととっていた。
「相席させて頂いても、よろしいですか?」
そう声をかけられて、メールを打っていた手を止め、ケータイから顔をあげる。
そこにいたのは、グレーの高級そうなスーツを着た、自分より少し歳上くらいに見える、眼鏡をかけた男性。照明が当たって、茶色がかった髪が光って綺麗だ。
突然のことすぎて頭がよく回らず、はぁ、どうぞ、と思わず承諾してしまった。
彼はテーブル席の向かいに座ると、にっこり笑って私の方を見つめてきた。
「ありがとうございます」
「いいえ」
平日のこんな夜中、席なんていくらでも空いているのにどうして私なんかに相席を頼んだのだろう。不思議に思ったが、まぁ、まさか店内で何をされることもないだろう、とメールの続きを打ち、送信した。
「ご注文はお決まりですか?」
さてこのままじゃあ間が持たないなぁと思っていた矢先、ちょうど店員が注文を聞きに来た。
「あ、では、彼女と同じものをお願いします」
え?
「ハンバーグステーキとサラダセット、ドリンクバーですね。かしこまりました」
店員は注文を打ち込むと、置いてあった伝票を取り、厨房の方へ入って行った。
伝票持ってかれちゃったら私は支払いどうすればいいの。
待ち合わせかなんかだと思ったのかな。まぁ普通そうだよね。軽く溜め息を吐いたところで、さっきのメールの返事がきた。
すぐに返信。
その様子も、向かいの彼は笑顔のまま見つめている。
「あの、ドリンク持ってきたらどうですか?」
とりあえず間が持たないし気まずいので、そう声をかけてみた。
「あ、すいません。こういうお店は初めてで。あそこでいいんですか?」
彼が指差したのはドリンクバーコーナー。
私は頷きながら、この歳格好でファミレスが初めてなんて、もしかしてどこぞの超大金持ち? と思った。思っただけで、別にだからどうこうってわけでもないのだけれど。
「じゃあ一緒に行きます?」
ちょうど私もアイスティーを飲み終わったところだったのでそう言うと、彼はまたありがとうございますと言って笑った。
「何、飲みますか?」
「あの、ファンタって、なんですか?」
いよいよおぼっちゃまだぜ、と思いながらも、それは炭酸ジュースですよと答える。
「そのレバーをグラスで押すと出ますから」
彼は関心したように、そうですかぁ、とか言いながら氷を入れた、というか私が入れてあげたんだが、冷えたグラスにファンタグレープを注いだ。私は、またアイスティー。
ふたりで席に戻ると、既にセットのサラダがきており、私の食べ終えたサラダの皿が片付けてあった。
「どうぞ」
脇にあったフォークを差し出す。
「どうも」
サラダを食べる手付きはどこか上品で、目の前だけ高級レストランのように見えた。やっぱりお金持ち? と思いつつ、私も食べかけのハンバーグを口にする。
あぁ、また間が持たないよ。
と、その時、またケータイがブルった。返事がきた。
私は食べる手を止めて、ケータイを開いた。
「彼氏さんですか?」
「は?」
急に聞かれて、思わず変な声が出てしまった。
「あ、あぁ、すいません!」
彼はそれを気に障ったと勘違いしたらしく、慌てて謝ってきた。
「あ、いや、急にびっくりしただけで。当たりです」
私も慌ててフォローし、笑って返す。
「やっぱり。とても柔らかい表情をしていらっしゃるから。とてもお慕いされているのですね」
顔が熱くなるのがわかった。
そんなこと言われて、どうしたらいいんだよ!!
「先程も……とても優しい表情でメールを打っていらっしゃいましたよね」
先程、というのは声をかけてきたときだろう。確かにメールを打っていた。
表情は自分ではわからないないけど。
「いいなぁ、そんな相手がいて」
心底羨ましそうに、遠くを見つめて寂しげに笑うので反応に困っていると、
「お待たせいたしました、ハンバーグステーキとライスでございます」
また、謀ったようなタイミングで店員が彼の食事を持ってきた。品物の確認をし、伝票を置いて、ごゆっくりどうぞ、の言葉と供に、彼女はまた厨房の方へ去って行く。
「羨ましい。心から愛している方と一緒にいられるなんて」
彼は今度は自分でナイフを取り、相変わらず上品な手付きでハンバーグを切り分けた。
「幸せですか?」
聞かれて、一瞬反応に困る。
そんな寂しそうな笑顔で聞かないで下さい。思っても、それは口に出すことはできない。
「幸せ、だと思います」
そう答えるのが精一杯。
彼はまたにっこり笑って、静かに食事を始めた。
私もケータイに意識を戻して、メールを返信する。すぐに返信し終えると、食事を再開した。
向かい合ったまま、静かに食事が進む。
ほぼ一定の間隔で私のケータイがブルって、その度に私は食事する手を止めて、メールを返す。
返信し終えるとまた食事を始める。
それがしばらく続いた。
お互い無言のまま。さすがに、なんとなく気まずい。
頭の中を回るのは、さっきの寂しそうな笑顔と、言葉ばかり。
もしかして、叶わない恋でもしてるんだろうか。
お金持ちっぽいし、もし本当にどこぞのおぼっちゃまとかだったら、恋愛ひとつも自由にできないのかもしれない。
「さっきの話ですけど」
この空気に耐えられなくなって、考えごとするのも面倒になって、私は口を開いた。
彼は、え? と小さく呟いて顔をあげた。
「好きな人と、喧嘩してる時間も、会えない寂しい時間も、嫌なとこも、全部ひっくるめて幸せ、なんですよ」
「えっ」
「だから、もし、その、例えば、好きな人に会えないとか、一緒にいられないとか、そうなんだとしても、それも、恋してる時間なんです。好きな人を想ってる時間なんです。それも、幸せな時間じゃないですか?」
うーん、ちょっとくさかったかな。
そう思って反応を窺うと、彼はきょとんとした顔でこちらを見ている。
あぁ、やっぱり、変なやつだと思われたよね。
言わなきゃよかったか、と軽く後悔しながらうつむいていると、くす、と笑う声が聞こえた。
「ありがとう」
その言葉にはっとして顔をあげると、彼はもう、さっきまでのように静かに食事をしていた。
彼が何者だったのかは知らない。
偶然のような、必然のような、本当にあった相席の話。
相席 こたみか @kotamika_86
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