第4話
五限目の授業が終わり、悠平は図書館へ向かっていた。〈今日は六限があるから図書館で待ってて!〉といういつもの比呂のメールに答えるためだ。
この時間の図書館は静かで調べ物もはかどる。さっさとレポート用の資料をまとめてしまおうと地下の閉架書庫へ降りた。
それからしばらく調べものにふけっていたが、気付くともう六限目が終わる時間に近く、本を片付け始めた時、ゾワリと背筋に嫌なものを感じた。
「それで、本を片付けて外へ出ました。でも、外に出た時にはもう何も感じなくなってました」
恐らく一体目のモノを感じたのだろう、と高田は推測した。彼も感じる人間だったのだ。
「なんとなく不気味で、さっさと帰ろうと思ってメールしたのにこいつは反応ないし」
「ごめん、返そうとは思ったんだけど」
こんな感じでさ、と比呂は苦笑いした。悠平はそんな彼女をちらりと見遣って話を続ける。
「もしかして研究棟かと思って。伊坂先生に借りたい本があるとか言ってたから」
伊坂の研究室に行ったが誰もおらず、仕方なく比呂を探したのだという。そこでたまたま、伊坂の研究室と同フロアにある高田の研究室でこの事態に出くわしたらしい。
「なんだ、心配して探してくれたの」
ありがと、と比呂が笑えば、違う、と悠平はいらいらしたように答える。そもそも息切らして来てた時点で必死で探してたのバレバレだろ、と高貴は思ったが、口には出さないでおいた。
「それで、俺も何かしろって話ですか?」
察しのいい悠平は、高田たちによって高貴と比呂があの変な物体と何かしら関わりを持ったのだろうというところまでは考察していた。
「違う違う! そんなことない! 悠平は気にしなくて大丈夫! ね、先生」
誰かが何か言う前に、比呂は叫んだ。巻き込んだり、邪魔したり、それだけは避けたい。
「お前が決めることじゃないだろ。先生、何かあるから俺にその話をしたんですよね?」
モノについて、一通りの説明は既に済ませていた。なんだかんだと理由をつけてごまかさずに話したのは、聡い彼をごまかすことなどできないと思ったから。そして、適合者である彼が興味を持ってくれないかと淡い期待を抱いていたから、というのも嘘ではなかった。
「賢いね。悠平は」
「そうやって期待に応えてきましたから」
親の。周囲の。聡い彼には自分に求められているものがわかるのだろう。そして、それを拒まない。そうやって生きてきた。今までも。これからも。
「でも、違うでしょ。院に行きたいのは自分の意志でしょ?だから、それの邪魔になるようなことしちゃだめだよ」
「バカかお前は」
心底、相手をバカにしたような言い方だった。いや、したような、ではない。恐らく、本気で比呂のことをバカにしている。
「やります。俺は興味あります。やらされるわけじゃない」
悠平は高田の方へ向き直った。
「俺は何をすればいいですか?」
「そうだねぇ」
資料が所狭しと詰められている棚の一角、先ほど小刀やグローブを出した場所から高田は大きく長い包みを取り出した。次いで、それより少し小ぶりの包み。続けて、重そうな箱。それらを開けると、机の上に並べた。
「和弓、太刀、二丁拳銃。我々が使っていた得物です」
机に並べられた物騒な品々に、一同は一瞬、息をのんだ。どうやってこんなもの、手に入ったのか。伝説の岡本ゼミの手にかかれば、さらっと手に入るようなものだったのか。
「悠平は理知的なタイプだけど、あの頃と違って前線に出てくれる面子が足りないからね。戦ってもらいたい」
実際に戦闘に出ていたのは岡本ゼミの中でも五名だった。高田は前線で戦うことはせず、専ら索敵と分析、連絡係を担当していた。苦手なパソコンも、座標の見方もシステムの使い方も、全てはこのために教わってきた。
「今回は僕が、そのままその係をやります。岡本先生がやっていた指揮も兼ねて」
「俺は、これがいいです」
悠平が手に取ったのは大きな弓、和弓と呼ばれた武器だった。
「高校の時、弓道部だったんで」
「なるほど」
ちょっと引いてみて、と高田は言うと、自分はパソコンの前に座る。慣れた手つきで和弓の傍に置いてあった弓掛を着けると悠平は構えた。開け放った窓の外には、緑色の葉がそよぐ桜並木。その一本に狙いを定め、お手本のような綺麗なフォームで弓を引く。矢がないことに違和感を感じるが、パリパリという音とともにそこに矢が見えたような気がして、少し驚く。
「今」
高田の声とともにキーがたたかれ、同時に弦から指を離すと、乾いた弦の音ではなく、矢を放つヒュンという音がした。弧を描いて桜の木々を揺らし、それは音もなく消える。
「今の感じ覚えた?」
「はい」
「ふたりもさっきの何となく覚えてるね?」
「え」
「大体は」
比呂はさすがに覚えていないようだった。無理もない。何もわからない状態での戦闘だった。できたことが奇跡とも言える。
「まぁ、高杉は大丈夫でしょう。好きにやればいい。あれだけできていれば上出来でしょう」
若干、不安の残る様子ではあったが、比呂はわかりました、と返した。
「モノを感知したらまず僕に連絡を。僕から全員に通達します。作戦もそこで立てましょう。終わりはいつになるかわからない。我々の時は、モノの出現率が徐々に低くなって、フェードアウトしていくのに一年かかりました」
高田は続ける。
「そしてこの何十年かの間、モノは一切この大学には現れなかった。今このタイミングで現れたことに何らかの意味があるのか、あるいは、これがモノの周期なのか。それもわからない」
それでも、一緒に戦ってください。よろしくお願いします。立ち上がった高田は、いつになくまっすぐに彼らを見つめ、そして頭を下げた。誰からともなく、肯定の言葉が返る。
岡本先生、今度こそ、僕が。
言葉に出せない決意を、高田は胸の奥で呟いた。
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