69:天使が映すのは


(この私が負けるとは…)


バニシエルの手の中でレーヴァテインが崩れ朽ちていく、バニシエルの肩から腰まで斬り裂いた傷は心臓を断ち斬り、不朽であった筈のバニシエルの命が凄まじい勢いで消えていくのが分かった。


(人に負けるなど…これほどまでに私の予想を超えてくるとは思わなかったな…)


バニシエルは自らの体が朽ちていくのをどこか他人事の様に感じながら思考する、頭の中を流れるこれまでの事柄が浮かんでは消えていった。


その中でバニシエルはひとつの記憶を思い出す、かつて創造主たる神がいた天界を出ようとした時の事を…。









―――――


生み出されてから二千年もの間、ソドムとゴモラを滅ぼしてからバニシエルは一度も天界を出た事はなかった。


ソドムとゴモラを滅ぼしてから神は人界への干渉を行わなくなった、時折出現する淀みバグに対応する程度であり、かつての様に人々に己の意志や教え導く事をやめたのだ。


バニシエルは神と共に人界を見た、人界では人々が再び家を建て、畑を耕し、獣を狩ってまた都市を築き上げていた。


「神よ、人がまた同じ過ちを繰り返そうというのに何故、何もしないのですか」


一言命じればすぐにでも罰を下しにいく、言外にそう伝えるバニシエルに神は僅かに首を振って否を伝える。


「もう手を出す必要はない」


神は一言そう言って再び人界に視線を戻す、その表情はバニシエルには測れない複雑な感情が篭っている様に見えてふとひとつの考えが過る。


(神よ、貴方はあれほど愛していた人に絶望してしまったのか?)


干渉を行わなくなったのは最早無駄だと諦めてしまったからか、そう判断したバニシエルは少しして天界と人界を繋ぐ門へと向かった、神の命によって誰も通ってはならないとされ守られていたが最も強い力を持つバニシエルは門を守っていた天使達を蹴散らして門を潜る。


門を通ったバニシエルはレーヴァテインで門を破壊する、唯一の繋ぐ道たる門が壊れれば天界から追う事は出来なくなるからだ。


「神よ、貴方が諦めたというならば私が導きましょう、もう二度と貴方が絶望しない世界を創ろうではありませんか」


バニシエルは崩れた門の前でそう誓った。








―――――


そして今、最早胸元まで体が崩壊したバニシエルはふと思う、あの時の神の言葉の意味を感情を理解した今ならばその意味が分かった気がした。


(神よ、貴方は絶望していた訳でなく人の行く末を人に託したのか…そんな事をしなくても人は生きて前に進むのだと信じていたのですか)


だからこそ干渉をやめた、神一人のいずれ停滞する世界よりも過ちを犯し、過ちに気付き、過ちを悔いながらも生きて進む人族を見守る道を神は選んでいた。


(あれは…)


顔にまで崩壊が拡がったバニシエルの視界にそれは映りこむ、翼を拡げて二度と離すまいとセラを抱き締めるレイルと大粒の涙を流しながらも笑って抱き締め返すセラの姿を…。


(悪い怪物は倒されて勇者と姫様は幸せになりました、って所だろうか)


その光景を見て人界に降りて過ごす内に聞いたお伽噺を思い出す、今でもありきたりで如何にも子供騙しな話だと笑ってしまいそうなものだ。


(だがまぁ…)


だが今のバニシエルは、三千年の時を経てようやく人の感情を理解したバニシエルはその光景を見て笑みを浮かべ…。


(私はアレに負けたのだと思うと、悪くはない…な…)


バニシエルは自らを構成する最後の一片まで砕け消えていった…。


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