10:かくして彼は嗤う(アスタルツside)
「父上、それは亡命せよと言う事ですか?」
「そうだ、第四波が侵攻してきたと同時に裏門から近衛騎士達と共に脱出しウェルク王国に向かえ、幸いな事にそちらの街道にいる魔物の層は比較的薄い」
アスタルツ王は外を見据えながら話す、皺が刻まれた顔にある眼からは未だ光は消えていなかった。
「それにお前への“継承”は済んでいる、よしんばこの戦に敗れ我等が死したとしてもお前達が生きていれば最悪は免れるであろうよ」
「ならば父上も共に逃げるべきです、兵達を総動員すれば包囲を突破するのはより…」
「ならん」
イデアルの発言をアスタルツ王は有無を言わさぬ声音で断ずる、振り返るとイデアルに厳しい眼を向けた。
「我等の血筋を絶やす事があってはならぬ、だが王である我は民を守り国を守る義務と責任もあるのだ、我が臣下が命を賭して戦っているというのに逃げるなどあってはならぬ」
「も、申し訳ございません」
「王である以上、我にはこの戦に最後まで共にあらねばならぬ責任がある、お前達は我に代わり血筋を絶やさぬ為に生きねばならないのだ」
イデアルは奥歯を噛み締めて俯く、自身の父がこうだと決めたならば意見を変えない人だと言うのは自分が一番知っており、なによりもイデアル自身も父の意見が最も最善なのだと理解していた。
「…マイラを呼んできます」
イデアルはそう言って部屋を後にする、それを
見送ったアスタルツ王は再び外に眼を向けた。
「神よ、御身が真に在るというのならば…我等を救いたまえ」
最後に吐き出した弱音が虚空に消え去ると踵を返して城の中へと戻っていった…。
―――――
その後パンデラムの王城前にて民達が集められアスタルツ王直々によるお触れが出された、これから裏門から近衛騎士達によって包囲の突破を試みる事、逃げるならばそれに乗じて構わないという事が伝えられた。
「だが我は戦う」
戦装束に身を包み剣を床に突き立てたアスタルツ王はそう宣言した。
「我等が祖先達は戦う事で道を切り開いてきた、今我等の前に立ちはだかる魔物達と数百数千という時を経て戦ってきた、我は勇壮たるアスタルツの血を統べる王として先祖に恥じる様な事はしない!」
アスタルツ王が手を掲げる、その姿には怯えや恐怖などは微塵も感じられなかった。
「アスタルツの民に問う!お前達に流れる血に誇りは宿っていないのか!?未来を切り開いてきた戦士達の誇りは失われてしまったのか!?命を賭けて戦い未来をお前達に託した先祖達は今この時にいるならば何を為す!?」
城前に集まった民全てに届く声が響き渡る、すると一人が俺は戦うと声を上げる、そして一人、また一人と声が上がりそれはやがて巨大な塊となって響き渡った。
「そうだ!此処は俺達が築き上げた国だ!」「魔物相手に奪われてたまるか!」「戦わずに死んでたまるか!」「怯えて死ぬなんざまっぴらだ!」
「ならば武器を取れ!魔物を倒せ!我等はすべからく戦士であり道を切り開く勇者なのだから!!」
「「「オォォ――――――――――ッ!!!!!!」」」
アスタルツ王が剣を掲げると大気を割らんとするほどの鬨の声が上がる、それは生まれてよりどの国より魔物と戦い続けたアスタルツという国の本来の姿だった。
―――――
「あの状況で人心を纏め上げ、あまつさえ士気を高めるとはね」
魔物の軍の最後方、未だ人が踏み入れぬ山の頂きから彼はそれを見ていた。
「アスタルツを始めとして今代の王達は歴代の中でも優秀なのが揃っているねぇ…近衛騎士達に乗じて逃げる民も加わればそれが壁になって子供達が逃げる確率も高まるし、派手に戦えばその分こちらも戦力を首都側に割かざるを得ない、血筋を絶やさぬ為に逃げる民を言葉巧みに囮にする上手いやり方だ」
くっくっと喉を鳴らしながら青年バニスは笑う、その背後を巨大な影が覆った。
「さて、相手は決死の覚悟を決めた人間達だけど…寝起きの君で勝てるかな?」
「ふん、目を覚ますに足るかはこれから試すところだ、しかし我とて久しき闘争に些かながら期待しておる」
声の主は少しずつその巨体を持ち上げる、その背にある黒く重厚な翼が動きを確かめる様に静かに広がり動き出した…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます