9:蠢く大地(アスタルツside)


アスタルツは山岳と森林に囲まれた国だ、自然に恵まれているとも言えるが同時に強く厄介な魔物も多く生息している。


その過酷な環境に置いても生活基盤を築き上げた小規模な民族がやがて他の部族とも交流していき、長い時と命を掛けて人と自然の境を生むに至った国がアスタルツだった。








―――――


それはレイル達が山に入る一日前に起きた事だった、アスタルツの首都パンデラムの周辺では凄まじいまでの怒号と戦闘音が響き渡っていた。


アスタルツの騎士達が独自の魔術によって生み出した騎獣を操って駆ける、三国の中でも一際実力を備えた冒険者達が黄金級の指揮の下で防壁に近寄る魔物達を屠っていた。


「状況はどうなっている!?」


「騎士団と冒険者達によって第二波をしのぎましたが魔物達の猛攻に包囲の一角を崩すには至っておりません!現在侵攻してきた第三波に対応していますが未だ四方には魔物の群れが控えています!」


「…どうなっている?魔物が大挙して来るならばともかく戦術を用いてくるなど」


アスタルツ王であるグリムス・ユーク・アスタルツは眉間に皺を寄せながら唸った、かねてから未だ領土でありながら自分達の手が届かない領域である魔境の魔物の暴走群スタンピードに対する備えはしてあった、万が一に起きた際の連絡手段として使い魔を放てる魔術士や早馬の伝令も配備していた。


だがそれらの連絡は一切なく、パンデラムの防壁で物見をしていた兵によって魔物の軍勢が発見された頃には四方を囲まれていた。


「連絡手段を潰し、気取られる前に陣を展開して囲んだというのか…?まるで人間の様ではないか」


そしてなによりもその数だ、種族や種類に一貫性はないが魔物の数は四方を囲んでいるのだけでも未だ二万近くはいるだろう。


首都パンデラムには騎士を含めた兵力が六千、冒険者が四千の一万ほどが全戦力としてあったが魔物達の波状攻撃によって少しずつ戦力は削られていた。


(まさか、本当に知恵ある何者かが率いていると言うのか?)


「父上!」


呼び掛けに思考を中段したアスタルツ王は顔を上げる、普段は冷静なイデアルが焦りを浮かべながら進言した。


「籠城に徹しましょう!今からでもウェルク王国に救援を出せば遅くとも五日後には援軍が来る筈です、籠城すれば四方から攻められたとしても我等と敵の戦力と状況を考えれば七日は持ちます」


「救援要請の使い魔は放った」


「ならば!」


「潰された、城にいる魔術士達が放ったもの全てがな」


「な…!?」


魔物の被害が多いアスタルツでは使い魔による伝達に重きが置かれていた、隣国でさえ山越えが必要となるアスタルツでは鳥の使い魔などによって連絡する方が確実で早いからだ。


故にアスタルツには連絡用の使い魔を放てる魔術士が二十人近く雇われていた、その全員が放った使い魔が潰されたのだ。


「鳥型の使い魔全てがですか!?一体どうやって!?」


「おそらくだが鳥獣や飛行型の魔物が使い魔を潰したのだろう、魔物がこれほどの規模で戦略的に動くならば可能性はある」


飛行型の魔物を使い魔の排除に回されているならば侵攻してくる魔物の中にそれらがいないのも説明が付くのだ。


アスタルツ王は徐に立ち上がると城のバルコニーに向かう、そこからは防壁のはるか先には魔物達の影によって大地が黒く蠢き埋め尽くされていた。


「…仕方あるまい」


「父上?」


「イデアル、マイラを連れて来るのだ」


振り返ったアスタルツ王は覚悟を決めた顔で命じた。


「城にいる近衛騎士達と共に脱出しろ、これは王命だ」

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