7:風に乗って


ウェルク王国とアスタルツの間に聳える山岳地帯にはその中でも一際高いカラストル山という山がある。


正規のルートからも外れており山岳地帯でも屈指の険しさや魔物の危険度が高い事から高位の冒険者でも近寄るのを嫌っているこの山の頂上には眠っていた。


「折角蘇ったというのに寝てばかりだね」


頂上にて眠っているそれの傍らに白いローブに身を包んだ青年が現れる、フードから覗く口元には苦笑が浮かんでいた。


「…我に肉体を与えた事には何も言わぬ、だがどの様な理由があろうと貴様の思惑通りに動く理由などありはせんわ」


「好きに暴れてくれれば良いんだけどね?」


「かっ、群れる者共を潰す事なぞ七百年も昔に飽きたわ、かつての同胞やそれに並ぶ者共が跋扈したかつてならばともかく今の世界に潰す価値などある者など貴様くらいだろうよ」


それは金色の瞳を青年に向けて言葉を吐き捨てる、雲に覆われた頂上で黒い巨体を見え隠れさせるそれはニィっと嗤った。


「なんならここでやるか?我も貴様等とは是非とも試してみたいとは思っておった」


「折角のお誘いだが私もやる事があってね、意外と忙しいのさ」


代わりに、と青年は指を立てて代案を示した。


「もう一度私の頼みを聞いてくれないかい?そしたら君のお眼鏡に敵うかも知れない者を教えてあげよう」


「戯れ言を、魔王すらおらぬ今の世にその様な者がいるものか」


「いるとも、なにせその者は…」


青年は深い笑みを浮かべて続きを紡いだ。


「天竜エルグランド、かの“曇天の支配者”を殺したんだからね」







―――――


一夜明けてレイルとセラは早くに出発する、予想よりも戦闘は多かったがそれでも通常より早く進行している二人は前日よりも更に早いペースで進んでいた。


「セラ、大丈夫か?」


レイルの問いかけにセラは頷いて答える、身体強化によって二人は山道を走りながら駆け抜けていた。


魔物の襲撃に対しても走りながら蹴散らしていく様に倒していく、レイルが前方にいる魔物を斬り捨て、取り零したものをセラが魔術によって倒していく。


普通ならばこの様な戦い方をすればあっという間に魔力が枯渇してしまう、並の冒険者では比較にならない魔力量と魔力操作の精度を持つレイルとセラだからこそ出来るやり方だった。


中腹を越え山の半分ほど下った辺りから魔物の襲撃の頻度も落ちていったの相まって二人はペースを落として休憩に入っていた。


「もう少しだな」


「ん、陽が落ちる前に下りれそう」


休憩を終えて山下りを再開したレイル達は疎らになった襲撃に対処しながら下りていく、そして下りた直後に風に乗って来た匂いレイルは思わず顔をしかめた。


「レイル?」


「…血の匂いがする」


鼻と眼を強化して匂いが流れてくる先を見る、そこには地図だとアスタルツ側の宿場町がある場所だったがレイルの視界には血痕と壊れた建物が映るだけだった…。







―――――


壊れた建物が並ぶ宿場町に着くとそこかしこには争った跡や血痕が残っていた、だが手分けして見回ってみても生存者はおろか死体すら見当たらなかった。


「セラ、そっちはどうだった?」


「…誰もいない、でも血の痕や家の中の状態からだといなくなったのは数日くらいだと思う」


「こっちもギルドを調べてきたが依頼板や書類を見る限り少なくとも三日前までは人がいたみたいだ」


互いに調べた事を伝えて再び辺りを見回す、そして町の出入口まで来た所で二人は遠くから響く音と土煙に気付いた。


それは燃え盛る炎から成る馬に牽かれた馬車だった、馬上には鎧を纏った騎士が手綱を引いて駆けている。


そして馬車の後ろに黒魔犬ブラックドックと弓を持った蠍尾馬人バビルサグからなる群れ、空からは火喰鳥ヒクイドリが追っていた。


「レイル」


「あぁ、迷ってる暇はなさそうだ」


レイルは“竜血魔纏ドラゴニュート”を発動させて駆ける、一瞬で馬車の近くまで来ると跳躍して馬車を跳び越え溢れ出す魔力を剣に注いでいく。


「竜剣術『扇尾衝せんびしょうさい』!」


振るわれた剣から巨竜の尾の如き斬擊が放たれる、上空から薙ぎ払われた斬擊は馬車の後ろにいた魔物の群れを斬り裂き吹き飛ばした。


斬擊から逃れた魔物達が着地したレイルへと意識を向ける、バビルサグが矢をレイルに向けて番え、上空にいたヒクイドリの嘴から炎が溢れる。


「“凍蛇の白牙ホワイトサーペント”」


詠唱が響き渡ると同時に地面から飛び出した氷の大蛇が弓矢ごとバビルサグ達の腕を噛み砕く、その間にレイルは上空に向けて幾つもの『疾爪しっそう』を放ってヒクイドリの翼を斬りおとしていく。


だがその内の一匹が斬擊を避けてレイルに向けて突進する、レイルが迎え討とうと構えると馬車側から飛来した槍がヒクイドリの胸を貫いた。


胸を貫かれたヒクイドリがレイルの横を通り過ぎて落ちていく、振り返ると馬に乗っていた騎士が槍を投げた構えを解いて立っていた。


「誰かは分からぬが助力して頂いた事に感謝する」


そう言いながら騎士はこちらを見据える、馬車を背にしてなにかあればすぐにでも腰の剣を抜ける状態を保っていた。


「して貴殿達は何者だ?アスタルツの者ではあるまい」


「ウェルク王国から特使として派遣された冒険者だ、ウェルク王からの書状もお預かりしている」


警戒する騎士にタグとアイテムポーチから書状を取り出して見せる、騎士は兜越しからも分かるくらい反応して書状とレイルを見た。


「ウェルク王国からの…」


「キリム、もう良い」


馬車の扉が開いて中から人が降りてくる、降りてきたのは十代半ばといったぐらいの浅黒い肌の少年だったが身に纏う衣類と腰の曲刀、なによりも佇まいが歳以上の風格を出していた。


「イデアル様!」


「金色の冒険者のタグにウェルク王族の封蝋が施された書状、その者達がウェルク王国の特使というのは事実であろう、なにより命の恩人にこれ以上の無礼を働くな」


少年はレイルの前まで来るとレイルを見上げて告げた。


「火急の事態ゆえ簡潔に紹介させてもらう、私はイデアル・ザリフ・アスタルツ…アスタルツ王国の第一王子だ」


告げられた言葉にレイルは一瞬思考が止まってしまった…。

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