55:本来の剣


「馬鹿…な…」


殴り飛ばされたアステラは傷を治しながら立ち上がる、そこには困惑や怒りなどといった様々な感情が混ざって浮かび上がっていた。


「確かに心臓を貫いたのですよ!?貴方のその剣は不老となる力しかない格下の聖具の筈!!即死どころか致命傷すら治せる筈がないのです!!?」


「キャンキャンうるせぇよクソアマ」


ゼルシドは心底面倒くさそうに返しながら手にしたダインスレイヴを振るう、周囲に再び迫っていたワームを蹴散らすと血反吐を吐き捨てながらアステラに向き直った。


「難しい話じゃねえよ、これはてめえらが歪める前に俺の中にいたカリギュラのクソに。」


「!?」


「40年前からこいつは魔王の魔力で不完全な力しか出せなかった、てめえらのやり方じゃそれを上書き出来てなかった、んで今お前が俺をぶっ殺してくれたお陰でカリギュラの残り滓もなくなったから本来の力、“持ち主の敵が死ぬまで死ななくなる”力が出せるって訳だ」


「…まさか、そんな事が」


「なんでもかんでも思い通りになると思うなよクソアマ」


ゼルシドの言葉にアステラは顔を俯かせる、だが少ししてくっくっと体を震わせながら歪な笑みを浮かべて二人を見た。


「確かにこれは予想外でしたが対処できない程ではありません、不死とは言っても完全なものではない様ですしねぇ?」


「…」


「先程から傷が治る様子もありませんし私を殴った時も普段の貴方なら首を砕く事が出来るでしょうにしなかった…いえ出来なかった、あくまで死なないだけで失った力を補填できないのでしょう?」


アステラは翼をはためかせて巨人の心臓の下に降り立つと再び心臓を介して魔物達を生み出す、あっという間に魔物達が壁となって遮った。


「私にはまだ百以上の魂があります!そしてこの心臓さえあれば魔物達を生むのに消費を考える必要はありません!死なないというなら粉々にしてすり潰して差し上げましょう!!」


「ぐっ…!!」


魔物達が雪崩の様に迫る、レイルは立ち向かおうと剣を杖にして立ち上がろうとするが肉体が上げる悲鳴は未だ鳴り止んでいなかった。


「レイル」


立ち上がろうとするレイルにゼルシドが振り向く事なく呼び掛ける、胸に貫かれて出来た穴からは滝の様に血が流れていた。


「師…匠?」


「お前につけてやれる最後の修行だ、目を離さず良く見ておけよ」


ゼルシドはそう言い残すとダインスレイヴを構える、口端から血が溢れ地面に落ちるがその構えは微塵も揺るがない。


レイルが追い続けたその背は目前に迫る絶望など感じさせなかった…。









―――――


それは剣を振るい続けた男が辿り着いたひとつの極致。


あらゆる辛苦と喪失の果てに剣しか残らなかった人生を歩んだが故に至りし神域の技。


武に通ずる者達が誰もが目指し、そして辿り着けないとした至高の目標。


狂気カリギュラという不純物を無くし、己以外のあらゆるものを失くした今のゼルシドだからこそ放てる、己と剣の境すらなくした事で実現させた


「魔剣術奥義『無境むきょう』」


至高の一撃が解き放たれた。







―――――


フラウが再び動き出したウクブ・カキシュを足止めしようとした瞬間それは起きた。


ウクブ・カキシュの背が突然真一文字に、一瞬遅れて傷は内から爆ぜる様に広がっていった。


「―――――――――――――ッ!!!!」


ウクブ・カキシュは大気を揺さぶる絶叫を上げて倒れる、フラウは突然の事に目を皿にするもウクブ・カキシュの傷を見て思わず内心を吐露した。


「こんな事できるの剣馬鹿ゼルシドくらいよね…」

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