43:生死操槍


「これ以上内部の壁は壊せそうにないな…」


「ん、凍らせてもそれを上回るスピードで再生してくる」


ウクブ・カキシュの内部へと侵入したレイルとセラはそのまま壁を破壊しながら進んでいたが途中からやめる事にした。


内部は血管の様なものが全体にびっしりと通っており、レイルの剣術とセラの魔術で壁を破壊しても瞬時に修復して閉じてしまった。


通路の通りに進もうとすると血管に擬態した蟲の魔物やスライム等が湧き出てきた。


魔物達が一斉に襲い掛かるとセラが杖を翳して氷嵐を解き放つ、凍りついた魔物達をレイルが竜剣術の斬撃でまとめて砕いた。


「行こう」


「ん」


一瞬で魔物達を蹴散らした二人は奥へと向かっていく、ダンジョンと化したウクブ・カキシュの内部は外から見た大きさ以上の規模と複雑さを有していた。


「どう考えても大きさと広さが釣り合ってないんだが」


「おそらくダンジョン化してる事で空間歪曲が起きてる、アイテムポーチと同じ原理」


「別次元の空間への接続、か…」


ダンジョンの見た目や規模が内部と釣り合ってないのはそもそも外と内での空間が違うからだとされているがウクブ・カキシュの内部はそれがより顕著であり壁を破壊しながら距離を短縮したにも関わらず心臓まで辿り着けないのが内部の広さを物語っていた。


「レイル、あそこ」


進んでいると魔力を眼に灯したセラが一点を示す、枝分かれした通路のひとつが肉の蓋の様なもので覆われており、魔力がそちらの方に集まっているのが分かった。


「竜剣術『乱尾衝らんびしょう』」


幾多もの黒い斬撃が鞭の様に振るわれて蓋を斬り裂く、セラが風の魔術で斬り裂かれた蓋をこじ開け吹き飛ばしながら先へ進んだ。


蓋の先は広大な空間が広がっていた、レイルがかつてエルグランドと戦った場所と同じくらいあるのではと思える様な広さであり奥には明滅を繰り返す巨大な魔石が鎮座している。


「はっ、随分と早かったじゃえねぇか」


魔石の下で座っていたゼルシドがそう言いながら立ち上がる、傍に突き立てていた黒剣を掴むと天井を見上げた。


「アステラ、予定通りにやれ」


そう呟くと突然地面が揺れる、そしてレイルとセラの間にある地面が割れて離れていく。


「セラ!」


手を伸ばそうとした瞬間、斬撃が飛んできてレイルは後ろに跳んで避ける、当たりこそしなかったが地面は離れて手が届かなくなってしまった。


「レイル!私は大丈夫だから!」


天脚てんきゃく』で対岸へと跳ぼうとした瞬間セラから声が上がる。


「こっちは任せて、レイルはレイルのやるべき事をして!」


セラが言い終わった直後に盛り上がってきた肉壁がセラとの間を阻む、レイルは少しだけ歯を食い縛るとゼルシドに向き直った。


「あっちはアステラがご所望だったんでな、別に構わねえだろ?」


「…」


「なんだ?女と離ればなれがそんなに寂しいか?」


「…師匠、ひとつだけ聞かせてください」


レイルがそう言うとゼルシドは首を傾げながらも黙って続きを促した。


「どうして俺に剣を教えてくれたんですか?」


「あ?」


「どうして俺に最強の剣士になる道を示してくれたんですか?」


レイルの問いに少しだけ静寂が流れる、やがて吹き出したゼルシドが笑って天を仰いだ。


「暇潰しに決まってんだろ?でなきゃ大切な人が傍にいりゃ良いなんて言ってる癖に強くなる度に目輝かせるバカガキに構うかよ」


「…そうですか」


答えを聞いたレイルは剣を構える、身体強化を発動しながら竜の血を励起させて駆け出した。


「これで迷いなく戦える!」


「はっ、来いクソガキ!!」


剣と剣が交差した音を皮切りに師弟は再び激突した。







―――――


「彼が心配ですか?」


セラが振り返るとアステラが空間の中央に佇んでいた、口を三日月に歪めながらクスクスと笑いながら喋り続ける。


「ですが師弟の事に部外者である私達が口出しするのは野暮というもの、男は男同士、女は女同士で楽しく話しましょう?」


「…なら貴方に聞きたい事がある」


「はい、なんでしょうか?」


「王都で戦った時、ゼルシドさんがレイルの師匠だと知っていたからレイルを通したの?」


セラの問いにアステラは笑みを深める、それは悪戯が成功したのを友達に自慢する子供の様な笑みだった。


「えぇ、彼を奇跡に迎え入れる際にこれまでを調べましたので」


「…なんでそんな事を?」


「愉しいからですよ」


そう言うとアステラは自身の身を抱く様に手を回すと語り始めた。


「恋人に裏切られ、傷心の果てに竜と戦ってかつて師によって新たな道を得たのに今度はその師が敵となって立ちはだかる…あぁ、なんて悲運で、残酷で、愉快なのでしょう!!」


アステラが叫ぶ、その表情は恍惚としていた。


「かつて師と敬っていた相手と殺し合わなければならない彼はそのまま師の手に掛かって果ててしまうのでしょうか!?それとも師を殺して生き延びるのでしょうか!?生き延びたのなら彼の胸中はどうなるのでしょうねぇ!?もっと力があれば師匠を救えたと強欲と傲慢に悔いるのでしょうか!?それともこの様な残酷な運命を与えた世界に憤怒を抱くのでしょうか!?どれにせよその時の彼の表情が愉しみでたまりません!!」


嗤いながらアステラは語る、語られた言葉は彼女の歪んだ性根を惜し気もなく曝していた。


「…その為にレイルを?」


「えぇ、打算ではありますが彼がそうなった暁には彼を新たな奇跡に…」


アステラは黙る、空気が突然氷点下まで下がったかの様に寒気が走ったからだ。


「…もう良い」


セラの周囲が音を立てて凍てついていく、その眼は一切の感情が浮かんでいなかった。


「…良く分かった、貴方は生かす価値がない」


言い終えた直後に氷壁が生み出される、視界全てに展開された氷壁は一瞬でアステラを呑み込んだ。


セラが次の魔術を展開しようとした瞬間…。


「“これは救済をもたらす槍、生死を問う神の御業”」


おぞましい気配と共に宣言が響き渡る、まるで讃美歌の様に。


「“神の息子たる者の命を奪い、滴る血を持って命を与えるは生命生み出す母たる力”」


氷壁に罅が走る、宣言と共に罅は広がっていった。


「“今こそ私の奇跡の真の名を明かしましょう、私が賜りし奇跡の名は”」


「“生死操槍ロンギヌス”」


氷壁が砕け散る、そこにはあらゆる生物の顔や皮を繋ぎ合わせて作ったかの様なドレスを纏ったアステラが立っていた。


「ふふ、さぁ女同士遠慮なくやりましょう?」


血管が浮き出た顔で笑みを浮かべながらアステラはセラに向き直った…。

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