42:魔女帝の実力


「未完成も良い所ね」


フラウはそう言いながらウクブ・カキシュを睨みつける、レイルも剣を握り直して向き合った。


改めて向き合うとその巨大さが分かる、魔物は大きいものでも10mぐらいのしか確認されていないが目の前の存在は上半身だけでありながら40m以上はある。


「まずは私があれをぶっ飛ばして隙を作るわ、二人はその間にあそこから入って心臓を目指しなさい」


「ぶっ飛ばす?」


フラウはウクブ・カキシュの胸部の下を示しながら魔力を練り上げると前に出る、そして体の内に練り上げ押し込めていた魔力を解き放った。


解き放たれた魔力は空間が歪んでるのではと錯覚する程の圧と濃密さを伴っていた傍にいたレイルとセラはおろか離れている冒険者達まで肌が痺れる様な感覚に襲われる。


「“来なさい、大地耕す翼シムルグ”」


詠唱と同時に魔力が風となって砂塵を舞い上げる、周囲に立ってるのもやっとな程の暴風が吹き荒れながらフラウの頭上に巻き上げられた砂塵が形を成していく。


ウクブ・カキシュと相対する様に顕れたのは砂塵を纏う魔鳥の姿をした風だった、その周囲には巻き上げられた砂塵が集約して岩となっており、百を超えるであろう岩が浮かび上がっていた。


フラウが掲げた腕を下ろした瞬間、魔鳥が羽ばたいて暴風を巻き起こす、姿なき濁流が巻き上げていた岩と共にウクブ・カキシュに放たれる。


息つく間もなく襲い掛かる岩の群れと暴風を全身に叩きつけられたウクブ・カキシュは地面を巨大な指で掴んで堪えるがやがて地面を抉りながらその巨体を後退させる。


すると魔鳥が雄叫びをあげてウクブ・カキシュへと突進する、砂塵と岩石を纏って飛翔する魔鳥は風の鋭嘴を突き立てんと迫るが咄嗟に間に挟み込まれた巨大な腕に突き立った。


その瞬間、全ての風が嘴へと集約する、圧倒的な力が一点へと注がれた結果ウクブ・カキシュの地面を掴んでいた指は離れ、その巨体が宙を舞って吹き飛んだ。


そして嘴を突き立てられた左腕は貼り付いていた鉱石は削りとられ、圧倒的なまでの力の衝突に耐えきれず肘から先は吹きすさぶ風と共に砕け散った。


バランスを崩した巨体は轟音と土煙を巻き起こしながら倒れた…。


「…セラの先生、規格外過ぎないか?」


「…私も本気は始めて見る」


「なにしてんのよ二人共」


二人してそんな事を言っているとフラウが振り返ってウクブ・カキシュを指し示す。


「今ならウクブ・カキシュは左腕の再生にリソースが割かれるわ、今の内に入っちゃいなさい」


「分かった」


レイルはそれを聞くとセラを抱える、事前に話し合った結果この方が速いと判断したからだ。


「先生、いってきます」


「ええ、必ず帰ってきなさい」


セラの言葉にフラウは笑みを浮かべて答える、話が終わったと判断したレイルはセラを抱えたまま『飛翼ひよく』を発動してウクブ・カキシュへと駆け出した。







―――――


一方、ウクブ・カキシュの内部にて…。


「これはどういう事でしょうか?」


アステラは理解出来なかった、ウクブ・カキシュが倒れるなど想像もしていなかったからだ、それを見たゼルシドは嘲る様にして語る。


「はっ、こんな真似が出来るのはフラウくらいだろうよ」


「かの魔女帝が?だとすれば私達が直接動いた方が良いかも知れませんね…」


「逆だ馬鹿」


アステラの考えに罵倒で返したゼルシドは背後の心臓を一瞥しながら続ける。


「いくらアイツでもあの規模の魔術を行使するには溜めがいる、大方普段から溜め込んでた魔力を使ったに違いねえ」


「なるほど…」


「フラウより俺等が相手にするべきはこっちだ」


そう言ってゼルシドが見るのは心臓の表面に映し出される映像だった、映像には壁を斬り裂いてウクブ・カキシュの内部へと侵入したレイルとセラが映し出される。


「お前がご執心だった奴もいるぜ」


「ふふ、そうですわね、ではもてなすとしましょうか…心から」


そう呟くアステラの口元は三日月に歪んだ。

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