25:人ならざる本能


「ぐ、あ…」


瓦礫の中で頭を押さえながら呻く、額から流れる血と砕かれたかの様な激痛に苛まれながらも身体を動かそうとするがその度に全身に痛みが走ってもがく様にしか動けない。


「がはっ!?」


腹を再び踏みつけられて血と共に絞り出す様な声が吐き出る、レイルを踏みつけたゼルシドは表情を変えずに脚に力を込めていった。


「ぐっ…ごふ!」


「あと五年もあれば届いたかも知れねぇが残念だったな」


ゼルシドの踏みつけに『硬身こうしん』で耐えるがそれ以上の力で踏みつけられ少しずつ体内が圧迫されていく、靄がかかった様なレイルの視界にゼルシドが剣に魔力を込めていく姿が映った。


「これで最後だ」


黒く染まった魔剣が掲げられる、そして黒い尾を引きながらそれはレイルに振り下ろされた。


…ルカ。


刃がひどく遅く感じられる、視界に映る全てが停滞したかの様な感覚だった。


…喰ワ…ルカ。


熱を感じる、流れる血から、体中を今なお巡る血から焼き焦げるかと思う様な熱が。


…我…ガ…ナド…。


血肉が、命が、本能が沸き立つ、目の前に迫る死を拒絶しろと魂に命じる。



柄が軋むほど握り締めて剣を振るう、迫っていた黒刃が甲高い音を立てて弾かれた。


「あっ?」


レイルを踏みつけていた脚が掴まれる、万力の如く握り絞められゼルシドは掴んでいる腕を突き刺して緩んだ瞬間に跳んで距離を取るが掴まれた脚には握り絞められた痕が残っていた。


「ちぃ!?」


舌打ちと共に視線を戻すとレイルが立ち上がっていた、全身から陽炎の様に魔力を溢れ出しながらゼルシドを金色の瞳で捉えていた。


レイルの口から咆哮が放たれる、魔力を伴ったそれは捕食者の頂点たる竜種の咆哮であった…。






―――――


レイルが音を置き去りにして踏み込む、瓦礫が飛散するほどの衝撃を放つそれはゼルシドとの距離を瞬きの間に零にしていた。


限界まで振りかぶった腕が振るわれる、ゼルシドの剣とレイルの剣が互いを砕かんとばかりに交じり合う。


「ぬぉっ!?」


先程よりも遥かに重い一撃にゼルシドの脚を伝って床がひび割れる、身体強化を全開にしたゼルシドの視界にレイルが左手を握り締めて弓を引き絞る様な動作をしていた。


レイルの剣の峰に拳が叩きつけられる、衝撃音と共にその威力は剣を通してゼルシドに伝わり、ゼルシドを通って限界を迎えていた床にトドメを差した。


ゼルシドとレイルが立っていた床が崩れて下の大広間へと落ちていく、レイルは『天脚てんきゃく』で宙を蹴って空中に身を放り出されたゼルシドに斬りかかった。


空中で身を翻したゼルシドはレイルの攻撃を受け止める、再び鍔迫り合いとなった瞬間…。


「“爆ぜろイグニッション”!」


魔力を以て紡がれた詠唱が二人の間で爆炎となって発現する、爆風に吹き飛ばされたゼルシドは床に体を打ちながらも受け身を取って体勢を整える。


「あぐっ…!?」


レイルも着地して相対するが片手で頭を押さえながら呻く。


コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ


テキヲコロセ!


頭の中でゼルシドを殺せという衝動がレイルを責め立てる、これに身を任してはいけないという理性の訴えがレイルの動きを止めていた。


「…そいつが何かは知らねえがどうやら制御が出来てねぇ様だな」


ゼルシドはそう言って剣に魔力を込める、そして『黒時雨くろしぐれ』を動きを止めたレイルに向けて放った。


「“守護者の盾を此処に”」


レイルの前に顕れた光の壁が斬撃を防ぐ、壁は神聖な光を発しながら全ての斬撃を防ぎ切った。


「てめえ…」


「真夜中に騒がしいと思って来てみたら、久しぶりですねぇ」


いつの間にか錫杖を構えたライブス教皇がレイルとゼルシドの間に割って入っていた…。

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