閑話:シナリオ


そこは暗く深い礼拝堂だった、朽ち果て植物に侵食された壁には燭台の灯りが揺らめき灯りに照らされて浮かび上がるのは黒いローブを纏った者、教団員達が四方を囲む様に佇んでいる。


そして部屋の中央には血で書かれた魔方陣の上に拘束され猿轡を噛まされた男が座らされていた。


「やあ、待たせたね」


男の前にフードを被り純白の法衣を纏った男が現れる、手に握られた血肉で造られた様な赤い短剣が妖しく光る。


「――!――――っ!!」


拘束された男は必死に抵抗するが教団員に取り抑えられ、強制的に立たされる。


そして男の胸に短剣が突き立てられた。


「―――――――っ!!!?」


すると短剣から赤い霧の様なものが昇り、突き立てられた胸を中心に血管の様な線が広がっていく。


「か、がっ!?ぐあァァァァァァァッ!!!?」


男の体が変容していく、拘束を引き千切って膨れ上がっていく肉体が広がった線に締めつけられ肉の塊から徐々に生物の形を取り戻していく。


だがそこには人の姿はなく、青銅色の肌をした頑強な巨人の魔物“鎧鱗巨人グレンデル”が立っていた。


「うん、どうやら魔人化は安定してきた様だね」


一部始終を観察してた法衣の男は涼しげな声で呟くとグレンデルが雄叫びをあげて殴りかかる。


人の頭を容易く粉砕する膂力を秘めたグレンデルの一撃、男はそれを片手で受け止めていた。


「しかし知能の低下は如何ともし難い、まぁ聖具の事もあるし、そこまで望むものでもないか」


受け止めた衝撃でフードが捲れ上がる、そこには彫像めいた美貌に純白の髪、そして山吹色に輝く瞳をした顔が露になった。


「“静かに”」


ただ一言、それだけでグレンデルは地面にひれ伏す、まるで誤って主人に噛みついてしまった犬の様に体を震わせながら…。


「頼んだよ」


それを一瞥すると教団員に声を掛けて男は礼拝堂を出る、暗い廊下を歩いていると後ろに気配が現れる。


男は振り返らずに歩きながら後ろに現れた修道女に声を掛ける。


「やぁアステラ、急に呼び出してすまないね」


「お気になさらず、それでどうされましたか?」


「うん、君には伝えた方が良いかなと思ってね」


そう前置きを置いてから男はなんて事ない様に告げる。


「バスチールが死んだよ」


「あら…」


「あんまり驚かないね?」


「驚いてますよ?ただあの方はやけに偉そうで尊大で頭に血が昇りやすい方でしたがそれでも死ぬ所は想像できなかったので」


顎に指を添えながらアステラは答える、そしてそのまま疑問を口に出した。


「それで誰に殺されたのです?もしかしてご自身の聖具で首を括られたのですか?」


「いや殺されたよ、それも真正面から戦ってね」


「まぁ、王都にそれほどの強者がいたという情報はなかったのですが…バスチールさんの聖具であれば今の人々に負けるなんてない筈ですのに」


「殺ったのはレイルという剣士だよ、ついでに言えば…えっとなんだっけ君がフォルトナールで見つけた…セネクだっけ?あれを倒したのもその剣士だ」


「あら、戻ってこないのであの子に倒されたとばかり…」


まるで雑談の様に二人は生き死にを語る、そこには哀悼の気持ちなど欠片もなかった。


「これで奇跡は私を含めて二人、随分と減ってしまいましたね」


「いや、三人だよ」


アステラの言葉に訂正を入れる、男は微笑みを浮かべて語る。


「まぁ色々と予想外の事は起きてるけど織り込み済みさ、人が持つ底力は四十年前の実験の時に良く教えてもらったからね」


「では…」


「支障はないからとりあえずは見てみようじゃないか、これから先で私が書いた筋書きシナリオ通りに行くのか、それとも誰かが変えるのか」


男は楽しげに笑う、まるで予想外の事を期待してるかの様に…。


「まあもしもの時は手を加えるよ、君は私の指示があるまでいつも通りで頼んだよアステラ」


暗い闇の中に姿を消す男にアステラは深く頭を下げる。


「かしこまりました、我らが教主バニス様」






―――――


「それにしても本当に予想を超えてくるなぁ…」


闇の中でバニスは嗤う。


「たった四十年とは言え彼等以外で聖具を持った魔人に勝つ者が現れるなんてね、あぁ本当に…」


「人とは素晴らしい」

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