26:けじめ


「いやぁ私が知らぬ間に随分と仲が深まってたのねぇ」


広い廊下を歩きながらシャルが良い笑顔で呟く、それに対してセラは顔を俯かせて震えている。


俯いてはいるが羞恥で耳まで真っ赤になっていた。


「…シャルさん」


呼び掛けに振り向いたシャルのすぐ側を氷の針が通り抜ける、針は空中で霧散していったがシャルの背には冷たいものが走る。


「…それ以上言ったら次は当てる」


「すいませんでした」


声こそ抑揚はなかったが涙目になって指を差すセラにシャルは高速で謝った。


そんなやり取りを見ながらレイルは周囲を見渡す、なにせレイル達は今王城の中を歩いているのだからいろんな所に目が行ってしまうのは必然だろう。


あの後シャルと連絡を受けた将軍の救援によってレイル達は王城に運ばれ、さっきまでいた医務室で治療されていた。


ライブス教皇がレイル達の治療を請け負ったのは奇跡によって呪詛等を掛けられてないかを調べる為でもあったらしい。


「着いたわ」


レイル達はひとつの部屋に着く、そこには治療を受けた三人目リリアがいる部屋だった。


「二人はここで待っててくれ」


「…ねぇ、レイル君」


部屋に向かおうとするレイルがシャルに話し掛けられ、立ち止まる。


「どうしてそこまで彼女を気に掛けるの?彼女を助けて約束を果たした以上、君を裏切った人に関わる必要はないでしょう?」


「…確かに約束は果たしたし、俺は裏切られた事を忘れるなんて出来ない」


「だったら…」


「それでも幼馴染みなんだ」


言い募ろうとしたシャルを遮って言い切る、レイルの中に燻っていた想いの答えを。


「もう共に生きる事はない、それでも共にいた仲だ…だからはつけなきゃならない、お互いの道を行く為にも」


「…そっか」


部屋の前にいる衛兵に会釈して部屋に入る、中に入ると空気が変わった様な錯覚が起こる、部屋に張り巡らされた結界の影響によるものだった。


部屋のベッドに目を向けるとリリアが横になっている、リリアも奇跡に拐われたという事から呪詛や精神干渉を受けてないか調べる為にも王城で療養させる事になったらしい。


「…レイル」


「…あの時ちゃんと話す事は出来なかったからな」


僅かに開いた目をこちらに向けたリリアにレイルは話しかける、心の中はあの時と比べ物にならない程穏やかだった。


「…俺は、やっぱりお前を許せない」


それでもはっきりとそう告げる。


「だけどお前と過ごした日々がなくなる訳じゃない、もう共にはいれないし、信じる事は出来ないが…」


レイルは穏やかな声で続ける。


「それでも恋人であったお前に不幸になって欲しいとも死んで欲しいとも思ってない、だから俺から言うのはこれだけだ」


目に幾ばくかの寂寥感を携えて告げる、あの時言えなかった言葉を。


「さよならだ、それとお前をちゃんと見てやれなくてすまなかった…」


そう言い残して踵を返す、伝えたい事は伝えた以上留まる理由はなかった。


「…ごめん、なさい」


部屋を出る直前で耳に届いた言葉に足が止まる。


「貴方の想いを裏切って、貴方の事を考えなくて…ごめんなさい」


振り返らなくとも理解できた、涙を流しながらそれを発している事が。


「今まで助けてくれて、守ってくれてありがとう…私の恋人になってくれて本当にありがとう」


「さようなら…」


そう言って後は静かに泣き入る声だけが響く、レイルはそれを聞き届けて静かに部屋を出た。


歪な形で繋がれ千切れた縁にようやく終止符が打たれた…。






―――――


「終わった?」


「あぁ」


部屋を出たレイルをセラとシャルが出迎える、三人で廊下を歩きながらそれに答える。


「…あー、とりあえずレイル君も目覚めた事だし私は将軍に報告してくるわ、多分明日にはウェルク王に呼ばれる事になるでしょうし」


「王に?」


「バニス教団の幹部が関わる所か倒された訳だしね、今回の件の中心と言えるレイル君から話を聞きたいって間違いなくなるわ」


だからと付け加えて二人を示す。


「今日は二人でゆっくりしなさい、色々と話しておきたい事とかあるでしょうし」


そう言い残してシャルは手を振って去った…。






―――――


宛がわれた部屋に二人で戻るが沈黙が流れる、ただそれも気まずさといったのはそれほどなかった。


「レイル」


「どうした?」


「あの時私が言った事、覚えてる?」


そう言われて思い当たるのは暴走から正気を取り戻した時に言われた言葉だった。


「“後で覚えてて…”だったか?」


「ん、あの時レイルを戻す為に頑張った」


セラはそう言ってこちらに目線を向けてくる。


「だから聞いて欲しい、お願いがある」


そう言われてレイルは思案する、確かにセラが止めなければ自分は危険だったから報いたいとは思うし彼女ならこちらが害になる様なお願いはしないだろう。


「分かった、何をすれば良いんだ?」


「まずは目を瞑って」


首を傾げながらも言われるままに目を瞑る。


「ん…」


口に柔らかい感触が重なった…。


思わず目を開けると顔を紅くしたセラが口元を抑えていた。


「あの時はレイルに意識がなくて覚えてなかったみたいだから…」


そう言って足早に部屋を出ようとするがその直前に振り返る。


「次は…レイルからしてくれると嬉しい」


そう言い残して部屋を出ていくセラをレイルは呆然と見送った…。

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