24:業火の中で

燃え盛る炎がセラに襲いかかる、自らに付与した魔術が加速度的に消え去っていくのが分かる。


その度に魔術を付与し直す、炎を風魔術と水魔術を併用しながら対処する事で少しずつ進んでいく。


紅の世界の中を突き進む、魔術で自身を守ってなお肺が焼けそうな程の熱がセラを襲う。


(これがレイルの心…)


全てを焼き焦がす業火の再現、レイルの奥底に眠っていた憤怒と才能、そして竜の力が噛み合った結果がこの魔術を発現させた。


そしてそれはレイルの破壊衝動と竜の本能まで引き出していた…。


炎の中でレイルが咆哮をあげる口には牙が覗き、鈍色の髪をたなびかせ、肌は白く硬質な鱗の様なものが浮かび上がっていた。


竜の血による変容が進行していると判断したセラに焦りが生まれる。


(どうすれば止められる!?)


氷魔術でレイルの炎を止めるのは相性的にも魔力量の差でも不可能、呼び掛けるにしても今の状態ではセラを認識してるかも分からない。


(せめて直接魔力を流し込めれば…)


水魔術の特性のひとつとも言える沈静の作用を利用すれば竜の血を静められる可能性はある、だがそれは静まるまで魔力を流し続けられたらの話だ。


そう思案していたセラの視界にふと杖の先が映る、そこに結わえられた鈴が揺れる。


“共覚の鈴、というものらしい”


(…っ!)


鈴を手に取り胸元で握り締めた鈴に想いと共に魔力が込めていく、やがて鈴の音色が炎の中で波紋の様に拡がる。


その瞬間レイルがセラの方へと顔を向ける、だが未だにその喉からは獣の様な唸り声が発され、今にも飛びかからんと牙を剥く。


「大丈夫…」


鈴を鳴らしながらセラはレイルへと近づく、同時に自身の中で少しずつ魔力を高めていく。


「どんなになっても私はレイルの味方だから…」


レイルの剣の間合いに入る、レイルは未だ剣を握り締めて荒い呼気を吐き出している。


「だからお願い…」


互いが触れるのではという程の距離まで近づく、以前の時の様に包み込む様に頬に手を添える。


「自分を見失わないで…」


そしてゆっくりとレイルの顔を引き寄せ唇を重ね合わせた…。






―――――


レイルの中にセラの魔力が流れていく、流し込むと同時にレイルの溢れる魔力を魔力譲渡の応用で自らに取り込んで経路を創り出す。


(っ!…熱、い!)


レイルの魔力がセラの中を駆け巡る、炎の特性と荒れ狂う竜の力が混ざり合った魔力は容赦なくセラを責め立てる。


あまりの刺激に思わず離してしまいそうになる、だが首に腕を回して掴み、離すまいとより口を押しつけて魔力の循環を維持する。


頭にバチバチと火花が散る感覚が襲う、内側から灼かれる様にレイルの魔力がセラの全身を染め上げていく。


「ん、んぅ…っ」


それでもセラはやめずにレイルの魔力の受け皿となり、自らの魔力を捧げていく。


(お願い…)


息をする為に離してもすぐにまた重ね合わせる、炎の中で、何度も、何度も…。


まるで荒ぶる神を鎮める巫女の様にセラは魔力を捧げ続けた。




―――――


紅に染まった世界の中でレイルは独り佇む。


“何もかも持ってる癖にひとつ取ったくらいで怒ってんじゃねえよ!”


「うるさい」


目の前に現れた影を斬り捨てる、影は靄となって霧散する。


“貴様は虫けらを踏み潰す度に嘆きなどするのか?”


「ふざけるな」


浮かび上がった影を斬り裂く、それは霧散するがまた浮かび上がって自分勝手な言葉を捲し立てる。


「なんで存在している、なんで現れる」


現れる度に振り払う、それを数え切れなくなる程繰り返しながら終わらせる方法を考える。


「そうか…」


そしてレイルはひとつの答えを出す。


「力が足りないんだ、もっと力があれば、強くなればこんなもの蹴散らせる」


答えを出したレイルは進む、紅く暗い先へと…。


「独りだろうと…力があれば、最強になればこんなものなんか…その為なら」


例え自分の生命と引き換えになっても…。











“自分にも優しくしてあげて”


「?」


響いてきた言葉に足を止める、気付けばレイルの手を白い影が握っていた。


白い影はレイルの手を引いて反対の方へと向かう、それを黒い靄が現れて行く手を阻む。


白い影はレイルにまとわりつこうとする靄を払う、その度に声が響いてくる。


“大丈夫”


“傍にいる”


“頼ってもいい”


“離れたりしない”


“だから…”


“自分を見失わないで”


声が響く度に白い影の輪郭が鮮明になってくる、紅く染まっていた世界の中で明るい先へと導かれる。


“私はレイルの味方だから”


響いた言葉に背を押される様にレイルはその先へと踏み出した…。







―――――


「…レイル?」


透き通る様な声が耳に届く、目を向けると顔を紅くして乱れた息を吐くセラが見上げていた。


「セラ?」


「…良かった」


そう言うや否やセラはふらりとレイルに持たれかかる、受け止めようとするがレイルも力が入らず二人まとめて地面に倒れる。


なんとかセラを引き寄せて地面にぶつからない様にしたがそれが精一杯だった。


「…奇跡は」


「…レイルが倒した」


「…俺は」


「竜の血が暴走してたから止めた…」


「…迷惑、掛けたな」


「迷惑を掛けるのは良い、でも後で覚えてて…」


そんな事を話している内に限界が来たレイルとセラは静かに瞼を閉じた…。

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