23:危惧(セラside)

レイルがバスチールと戦っている時…。


セラが無詠唱で発動させた氷刃がオーガの体を切り刻みオーガの強靭な皮膚を裂いた箇所が凍りついて再生を阻む。


「ぐぉぉぉぉぉぉっ!!」


離れた場所から石や瓦礫を投げようとハイオークが振りかぶる、その背後に影から潜り出たかの様にシャルが現れてナイフを首に突き込んで捻る事で絶命させる。


単独で行動するのは危険と判断したのか複数体のオーガとハイオークは集まって手に瓦礫や石を持って二人に向けるが…。


「“白き顎の災厄グレートホワイト”」


オーガ達の足下から挟みこむ様にして氷の刃が幾つも生み出され、まるで巨大な顎に噛み砕かれたかの様に体を貫かれた事で絶命する。


「これで残り一体ね」


シャルがそう言って目線を向けた先には先程までのより大きく装備が整ったオーガロードがいた、鎧を纏い身の丈はある棍棒を持ったそれは明らかにさっきまでのとは一線を画す存在感を放っている。


セラとシャルがオーガロードと向き合ったその時…。


おぞましい気配が教会の方からしてきた、思わずそちらを向いたセラから呟きが漏れる。


「レイル…」


「…セラちゃん、先に行ってくれる?」


刺突剣エストックを構えたシャルがそう告げる、セラはシャルに向き直るが続けて話す。


「今の気配感じたでしょ?私達が想定したよりも相手は得体が知れないわ、いくらレイル君でも万が一はある」


それに、とつけ加えてシャルは問いかける。


「なにか心配事があるんでしょ?レイル君に」


そう言われて一瞬口をつぐむ、確かにセラには危惧している事がある。


それはレイルの中にある竜の血が暴走しないかという事だ、ただ内容が内容だけに自分が安易に誰かに喋る訳にはいかない事でもある。


「詳しくは聞かないであげる、だから行って」


「…気をつけて」


そう言い残してセラは教会へと向かう、その後ろ姿を見送ると振り下ろされた棍棒を避けてオーガロードと相対する。


「さて、と…」


廃屋の上に着地したシャルはオーガロードを見下ろす、それに腹を立てたのか咆哮をあげるがシャルは微塵も揺るがない。


「レイル君とセラちゃんにああは言ったけどやっぱり心配なのは変わらないのよねぇ、だから…」


魔力が高めて身体強化を発動する、同時に姿が陽炎の様に揺らぐ。


「黄金級冒険者の力、味わう暇なく片付けさせてもらうわ」






―――――


地下通路を走る、道すがらに斬り捨てられたゴブリンの死体を辿って走っていくと戦闘音が響いてくる。


「ぬがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?」


響いてくる悲鳴を聞いて思わず立ち止まる、そして伝わってくる強大な魔力の高まりに体が震える。


「この魔力、魔術を発動して…!?」


地下通路を走ってバラバラになった扉の先に辿り着くのと熱風が吹いて髪をかきあげたのは同時だった。


部屋の中央で燃え盛る火柱の中で炭と化した何かを握り潰すレイルがいた…。






―――――


「レイ…ル」


吹き荒れる炎が部屋に渦巻く、その中で炎を撒き散らしながらレイルは獣の様に歯を喰い縛っていた。


「死ね…」


炎の中でレイルは呟く、それは明確な憤怒を伴って放たれる。


「奪う事しか!踏みにじる事しか出来ないなら!死ね!!!」


憤怒が炎と化して吹き荒れる、炎を纏った姿は荒れ狂う竜の様だった。


「…魔術の、過剰発動に加えて竜の力が暴走している」


過剰発動とは魔術を行使する者に稀に起きるもので暴走とも言える現象だ、魔術は魔力とイメージさえあれば発動するが普通であれば自分が傷つかない様に無意識の制限が人には存在する。


だが激しい感情を抱いて発動するとその制限が外れてしまう事があり、そうなれば術者の激情がイメージに影響を与えて術者の制御を外れた魔術が発動してしまう。


それでも魔力が切れれば魔術は止まるが今のレイルの魔力が途切れる様子はない。


…竜の血は生命を魔力に変換する一種の魔導具だと言われた事があったらしいがそれが風聞ではないのだと痛感させられる。


「このままじゃレイルの生命が尽きる…」


なんとかして止めようとセラが杖を握り直すと…。


「あんなの…止められない」


吹けば消えてしまいそうな声がセラの耳に届く、見ればすぐ傍にリリアが座り込んでいた。


「貴方は…」


「あんなに怒ったレイルを、怖いレイルを知らない…」


消え入りそうな声でリリアは呟く、涙を流しながら彼女は俯いてしまった。


「あんなの止められる筈が、ない…」


「そう…」


俯くリリアに向けてセラは無機質な声で投げかける。



「え?」


「彼は英雄でも化け物でもない、傷を隠すのが上手かっただけ…それだけの人だった」


セラは語る、自分が見てきたレイルという一人の人間の事を…。


「今の彼を見て怖いとしか思えないの?あれほど苦しんでいる、苦しんできた彼に助けられるのではなく助けたいとは思えなかったの?」


「助け…る…」


「そう思えなかったなら貴方はそこにいて、焼き尽くされたくないならね」


そう言い残してセラは前に進む、自身にありったけの氷の魔術を付与して炎の中へと…。


「どう、して?…貴方は、怖くないの?」


ようやく絞り出したかの様な問いが投げられる、それにセラは少しの間を置くと…。


「怖いわ、でも」


それでも瞳に炎の中で獣の如く吼えるレイルを捉えてセラは答える。


「それ以上に助けたいから、レイルの力になりたいから、生きてほしいから行く」


胸の内にある想いにようやく答えを出す、助けられたあの時から大きくなり続ける想いの名前を…。


「私はレイルが好きだから」


そう断言してセラは炎の中へと飛び込んだ…。

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