22:最強の血

この世界に置いて最強の生物はなにか?


ある者はかつての英雄の名を語る、ある者はかつて現れた魔王だと語る。


しかしこの世界に住まう多くの者は最強の生物と聞いて皆同じ答えを口にする。


それは竜をおいて他ならない、と…。






―――――


「死ね、だと?」


バスチールは自らに放たれた言葉を反芻する、それを噛み締める度に膨大な怒りが沸き上がって解き放たれる。


「この我に!死ねと言ったのか貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?」


右腕がほどけて鎖が増殖する、数十もの鎖が絡み合う大蛇の様に蠢くとレイルに向けて降り注ぐ。


それと同時にレイルが走る、降り注ぐ鎖を潜り抜けて避けていく様は踊っている様だった。


「ちょこまかと!!」


バスチールは鎖の束をレイルの周囲を囲う様に展開すると鎖の穂先全てをレイルに向けて解き放つ。


レイルは跳躍して鎖の僅か上に避けると鎖が交差した瞬間剣を振り下ろして鎖を地面に叩きつける。


鎖ごと地面に突き刺した剣の柄頭を起点にして更に跳躍し、バスチールの目の前に着地すると拳を握る。


「馬鹿めが!今の我は魔力を吸収す…」


レイルの拳がバスチールの鳩尾に突き刺さる、体がくの字に曲がっても威力を殺しきれず固定されていた右腕の鎖は突き立てられた剣を弾いてバスチールと共に吹き飛ぶ。


「ごがっ!?っはぁ!?がはっがはっ!?」


地面を転がり腹を押さえながら吐瀉物を撒き散らしてバスチールは蹲る、頭の中は今起きた事を理解しようと必死だった。


何故なら今のレイルの拳は


「魔力を…魔力操作による強化を使わず素の力で殴ったというのか!?それが何故こんな馬鹿げた力を発揮する!!?」


腹に走る激痛に悶えながら叫ぶ、だがこれは必然の結果だった。


何故竜が最強と謳われるのか、それは単純に竜という生物が


「クソがぁっ!?」


弾かれた剣を取って迫るレイルに向けてバスチールの右腕の鎖が拡がる、体を捻って鎖を雨の様に振り落とす。


しかし高速で空を飛ぶ竜の眼は目の前に迫る鎖の隙間を捉え…。


例え致命傷を受けても活動と再生を続ける膨大な生命力が肉体を強靭なものへと変容させていき…。


山の様な巨体を支える頑強な骨肉は振り注ぐ鎖を潜り抜ける瞬発力と襲い来る鎖を払い除ける身体能力を有していた。


「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?」


悉く鎖を無力化させるレイルにバスチールは悪態を吐き捨てて鎖を集束させていく、纏められ穂先が揃った鎖は一本の巨大な杭の形になってレイルへと突き出される。


「この化け物がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?」


杭が大気を貫いてレイルに迫る、丸太の様な太さのそれは今のレイルであろうと容易く貫くであろう威力を伴っていた。


「…焦ったな」


その呟きと共にレイルは踏み込む、迫り来る杭を体を前に倒す様に傾ける事で杭はレイルの傍を空しく通り過ぎていき、踏み込んだレイルはバスチールの懐へと一瞬で潜り込むと剣でバスチールの脚を貫いて縫い止める。


「ぬぐっ!?」


鎖を一纏めにしてしまった事で懐に潜り込んだレイルに対応が遅れたバスチールの腹に拳が突き刺さる、左手で肩を掴まれ固定された状態で更に拳が振るわれる。


声にならない声と肉を殴打する音が周囲に木霊する、常人なら一撃で致命傷となる衝撃を何十発と腹に受けるが魔人と化したバスチールの生命力は死ぬ事を許さない。


剣が引き抜かれると同時に腰を曲げたバスチールの背中に肘が打ち下ろされる、地面に叩きつけられたバスチールはうめき声と共に痛みに悶えるがレイルがその背中を踏みつけて抑える。


「…鎖が魔力吸収の源なのは変わらない様だな」


金色の光が灯った眼でバスチールの右腕を見たレイルは剣を持ち上げると無造作に繋ぎ目となっている右肩へと振り下ろす。


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?」


振り下ろされた刃は半ばまで喰い込み、途中で止まるがレイルは剣の峰に脚を乗せると思いきり踏み込む。


力が加わった刃は骨を砕いて肉を断ち、完全に右腕を斬り落とした。


「あぁぁぁぁぁぁっ!?腕が!?主より賜りし我が奇跡がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?」


切断された右肩から血を流しながらバスチールは慟哭する、バスチールの体に浮かび上がっていた紋様は右腕が失くなると徐々に消えていき元の姿へと戻っていく。


それを確認したレイルはバスチールの首を掴む、その眼の光は激情で荒れ狂い、溢れ出す憤怒は竜の血を励起させて魔力を生み出す。


それこそ竜が最強と呼ばれる由縁、膨大な生命力を魔力へと変換する竜の血はレイルの怒りに呼応して眠りから目覚める。


「“炎は血となり駆け巡り、雷は血肉を繋ぐ糸を紡ぎだす”」


生み出された魔力はレイルの詠唱と共に動き出し、バスチールの首を掴む腕へと流れていく。


「“交じりて生まれしかの獣は、天の焔を纏いてあらゆる悪徳を焼き尽くす”」


レイルの属性とイメージを与えられた魔力はその姿を変えていく、指先に集まった魔力は雷となってバスチールの全身を包み込む。


「ぬがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?」


「お前は…」


雷に全身を蝕まれるバスチールにレイルは冷酷に、一切の容赦なく宣告する。


「一片も残らず死ね!!!!」


そして最後の詠唱が唱えられる…。


「“轟天裁火ソドム”!!!!」


最後の詠唱と共にバスチールの全身を焔が一瞬で喰らい尽くす、バスチールの断末魔すら焼き尽くして焔は火柱となって巻き上がり天井を貫いて昇っていった…。

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