21:逆鱗

(クソっ!?)


左手に走る痛みにレイルは歯を食い縛る、刺さった箇所から魔力が抜け出ていくのを感じて即座に引き抜こうとするが…。


突如別の痛みが襲う、見れば地面から飛び出した鎖がレイルの左脚の太腿を貫いていた。


(地面に叩きつけた時か!)


あの後、わざわざ腕をほどいたのは地面に潜らせた鎖に気付かせない為だと気付くが遅かった。


鎖が右腕に巻きつく、左手と脚の鎖が引き抜かれるとレイルは宙に投げられ、壁に叩きつけられる。


「がふっ!」


叩きつけられた衝撃で肺の空気が押し出される、それでも状況を打開しようと動こうとするが目の前に鎖の塊が映り込む。


「思い知ったか畜生めがぁっ!!」


バスチールの鎖の腕がレイルに叩きつけられる、鉄球と化した右腕が狂った様にレイルの全身に襲いかかる。


「腹立たしい!真に腹立たしい!貴様等の様な主の教えを理解せぬ石ころ汚泥共にここまで苦労させられる事が真に腹立たしい!!」


怒りのままにバスチールは右腕を振るう、壁に叩きつける音を周囲に木霊させて怒りを吐き出す。


「ここにある出来損ない共もそうだ!子供は助けろだの命だけは許せだのと!罪を許す為に成すのだと理解せぬ畜生共ばかりだ!!」


暴力の嵐に閉じこめられたレイルの視界に僅かに映る、恐怖に歪んだ子供の死骸とその子を守ろうとして抱き抱えたまま果てたのであろう死骸が。


「無意味!無価値!無用!貴様等の様な愚鈍な畜生風情はせめて糧となれ!!!」


一際激しく右腕が叩きつけられる、右腕を壁から引き抜くと血塗れになったレイルが壁に埋まる様に寄りかかって俯いていた。


「…ふん、我とした事が頭に血が昇り過ぎた」


バスチールは血の滴る右腕を見ながら呆然と涙を流すリリアの方へと向く、儀式の続きを為そうと歩く。


「…んで…奪える…」


後ろから響いた声に歩みを止める、振り向くと死んでもおかしくない程ボロボロのレイルが掠れた声を発していた。


「…何故、踏みにじれる…」


信じられない光景だった、一撃で大岩がぶつかるのと同威力の一撃を何十発も喰らってレイルの息の根は絶えていなかった。


「…貴様のしぶとさだけは驚嘆に値する、虫けらの如き生命力だ」


「…答えろ」


「くだらぬ事を聞く、貴様は虫けらを踏み潰す度に嘆きなどするのか?」


バスチールはそう吐き捨てると右腕を振るう、一本の鎖が射出されレイルの眉間に向けて飛んでいく。


「無様に死ね、畜生が」


鎖の跳ねる音が響く…。










レイルが左手で飛来した鎖を掴み取っていた。


「なに?」


バスチールが疑問の声を発した瞬間、視界がぶれる。


浮遊感の後に背中を襲う衝撃に自分が鎖を伝って投げられたのだと遅まきに気付くが同時にその事実に混乱する。


(有り得ぬ!?奴は満身創痍、瀕死、死に体!?魔力など欠片もない筈だ!?なぜこれだけの力が!?)


「…そうか、そういう事か」


目の前の事実に混乱するバスチールの耳にレイルの呟きが届く。


見ればレイルの傷口から煙の様なものが立っていた、それは蠢く様な音と共にレイルの体内から発せられている。


「お前はと同じか、己の欲望の為に誰かの大切なものを奪い、壊して、踏みにじる…」


金色の眼がバスチールを射抜く、その瞳孔はより黒く、深く染まって人のものではなくなっていく。



レイルがバスチールに向けて、貫かれた筈の脚で地面を踏み締め、血を滴らせながら剣を握り直す。


「ば、馬鹿な、有り得ぬ、有り得る筈がない…」


その姿を見てバスチールは驚愕する、今のレイルは自らが見てきた常識を覆すものだからだ。


「何故だ、違う、変身しているのならば畜生の気配など混ざらぬ、気付けない筈がない」


だが目の前の事がその有り得ない筈の事実を肯定している、再生していく体とバスチールを捉える金色の竜の眼が否定を許さない。


「何故…何故畜生如きが竜の力を宿している!?貴様その身に何を飼っている!!?」


動揺を顕にするバスチールに答える事はなくレイルはただ宣告する。


「お前は、ここで死ね」


松明の火に照らされて揺れる影が翼の様に拡がった…。

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