20:封獣縛鎖

(手応えはあった…)


レイルは土煙があがる壁を見据える、普通ならば内臓がぐしゃぐしゃになって死んでもおかしくない筈だが…。


がらっ、と壁から動く音がする。


土煙の中からバスチールが顔を俯かせ血が流れ出る腹を押さえながら姿を現す、腹からは滝の様に血が流れ落ちて足下を赤く染め上げていた


「この畜生めがぁぁぁぁぁぁっ!!!?」


全身をわなわなと震わせ、顔を憤怒で歪ませたバスチールは傷などお構い無しに怒りのままに叫ぶ。


「主の教えを理解できぬ畜生如きが!業を濯ぎ!聖具を手にし!奇跡と成った我にこの様な所業が許されると思っているのかぁぁぁぁぁぁっ!!!?」


バスチールの叫びと共に魔力が風となって吹き荒れる、それは怒りに呼応するかの様に禍々しい気配を伴って集束していく。


「貴様は殺す!滅ぼす!粛清する!主から賜りし力を以て誅戮してくれるわ!!」


風は暴風と化してレイルに襲い掛かる、踏ん張らなければ吹き飛ばされそうな程強い風の中に詠唱が響いてくる。


「“これは混沌もたらす蛮神の児を戒める鎖、終末の雄叫びを封ずる神の御業”!」


それは宣告だった、魔術の詠唱とは異なるそれは冒涜的な気配を放って空間に響き渡る。


「“摂理に反する愚者を地に堕とし、神に仇なす畜生を縛るは失われし神の腕”!」


レイルの背に冷たいものが走る、本能があれを止めなければと警告していたが吹き荒れる風が行く手を阻む。


「“今こそ我が奇跡の真の名を明かそう、我が賜りし奇跡の名は”…」


「“封獣縛鎖グレイプニル”!!!!」


禍々しい魔力が解放される、魔力はバスチールを包み込んで異形の魔人へと変容させていく。


そこにいたのは形は人型を保っていた、だが全身に青白い血管の様な紋様が浮かび上がっており黒く染まった眼と白い瞳は見た者を嫌悪させる不気味さがあった。


だがなによりも目を引くのは肩に複数の杭が突き立てられ、幾多もの鎖が絡まり組み合わさって出来た歪な形の右腕だった、金属が擦れ軋む音を響かせながら魔人は口を開く。


「己の所業を悔いて、後悔して、許しを乞え!この畜生風情がぁぁぁぁぁっ!!!!」


魔人と化したバスチールの怒号が空間を揺るがした…。





―――――


バスチールがその場で右腕を振り回す、すると右腕から先端に槍の穂先がついた鎖が放たれ五本同時にレイルに襲い掛かる。


「くっ!?」


即座に後ろに下がって避ける、だが鎖は蛇の様に止まる事なくレイルを捕らえんと迫る。


(重さも、速さもさっきと段違いか!)


それでも剣で弾きながら避け続ける、だが少しして自身の変化に気付く。


(魔力の消費が激しい?いや…)


いつもより身体強化の力が発揮されず、普段より多くの魔力を使っているレイルは原因に行き着く。


(この状態で魔力を吸収している!?)


僅かながらも鎖が掠める度に魔力が吸収されていく、それが複数合わされば無視できない脅威だった。


「ちょこまかと、煩わしい!」


バスチールの右腕が、それらは再び絡み合って柱と見間違えるものになって振り下ろされる。


横に飛び退けるとそれは壁際まで届き、地面に半分が埋まったのを見てぞくりとする。


「余所見を…」


レイルの頭上に影が刺す、気付いて見上げると天井に鎖を突き刺したバスチールが飛び上がってレイルに迫っていた。


「するなぁ!!」


バスチールの脚がレイルに繰り出される、剣で受け止めるがまるで鉄槌の如く放たれた蹴りは腕を痺れさせ、魔力を吸収されて発動していた身体強化が解除されて受け止めきれずレイルは吹き飛ばされる。


(奴自身の力も強くなってる、当然か…)


「…畜生とはいえ我に本来の力を使わせるだけはある、癪に触る生き汚さだ」


右腕を再びほどきながらバスチールが突然そう呟いてレイルを睨む、だが今までの様に怒り狂った気配が消え去っていた。


「だがな、貴様の様な畜生がする事など我には分かりきっているわ」


そう言って一本の鎖が右腕から出てくるとバスチールは別の方向に顔を向ける、そこには…。


「え?」


壁際に逃げていたリリアがいた。


「…まさか!」


レイルが走り出すと同時にバスチールの鎖が射出される、槍の様に放たれた鎖はリリアに向けて真っ直ぐに飛んでいき…。


「ぐっ!?」


鎖の穂先はリリアの前に突き出されたレイルの左手を貫いた…。

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