15:戒めの奇跡(アレッサside)

「で、誰なのアンタ?返答次第では消し炭になると思いなさい」


リリアを背中に下がらせて魔力を練り上げながらアレッサが問う、すると男はフードの奥からねぶる様な目付きでアレッサを見る。


「…石ころとはいえ誰何を問われたならば答えよう、我は“戒め”の奇跡バスチール。

主の教えを理解せぬ者共を縛り、戒める使命を拝命せし者なり」


そう名乗ると両腕の鎖がじゃらじゃらと音を立ててほどけ、地面に落ちていく。


「その娘は我等の同胞に成りうる素質がある、故に連れていく、阻もうというなら石ころ風情であろうと踏み砕かねばならぬぞ」


「とりあえずアンタがイカれてるってのは分かったわ」


練り上げられた魔力が炎に変換され、炎の杭となって射出される。


バスチールは片方の鎖を振り上げて先端についた穂先が壁に突き刺さり、巻き上げる様に鎖が伸縮して炎の杭をかわすと蜘蛛の様に壁に貼り付く。


「やはり石ころと話すのは無意味か、ならば踏み砕くとしよう」


「石ころ石ころうるさいのよキチガイ鎖」


大気を焦がす音と鎖の蠢く音が響き合った…。





―――――


アレッサの生み出した複数の火球がバスチールに向けて撃ち出される、時間差で様々な軌道を描きながら放たれる火球は常人であれば避ける事すら出来ずに火だるまになっている威力と速度を持っている。


だがバスチールはそれを避け続ける、鎖の穂先をあらゆる所に突き刺して空間を縦横無尽に動き回り蜂の様に飛び回る。


壁を伝って上空に飛んだバスチールがアレッサに鎖を振り下ろす、風を引き裂いて迫る鎖は骨を容易く砕く破壊力を有していた。


「“イグニッション”!」


鎖がアレッサに当たる寸前に詠唱された魔術が発動する、鎖が通り過ぎようとした空間に小規模の爆発が起きて軌道を逸らすとアレッサはその場を飛び退き杖を向ける。


(鎖を両方とも使った!)


空中で鎖を振り下ろした態勢のバスチールに向けて再び火球が連続で撃ち出される、真っ直ぐ撃ち出された火球と壁に刺さった鎖側から曲線を描いて迫る火球を今までの方法で回避する事は出来ない。


するとバスチールは身を捻って体を高速回転させる、回転によって両腕の鎖がバスチールの体に巻きついていき、火球は体に巻きついた鎖によって受け止められる。


火球がぶつかった衝撃で放物線を描いて落ちるバスチールは空中で態勢を整えると何事もなかった様に着地する。


纏っている服を焦がした程度だと理解したアレッサは今までの相手とは余りに異質過ぎる存在に思わず舌打ちする。


「…石ころではなく畜生の類いであったか」


「はぁ?」


「畜生は粗末なれど牙を持つもの、不出来なれど爪を持つもの、愚かではあるが油断をすればこちらの肉を裂くくらいの事を成すのは当然か」


バスチールはぶつぶつと呟く、アレッサは頭に火球を叩き込んでやりたい衝動に駆られるが呟きながらも隙を見せない相手に勢いで動くのは危険だと自制する。


「なれどさもありなん、貴様には業がない、濯ぐものがない、罪深き己を否定する心がない、畜生のままでいる事を貴様は良しとしている」


バスチールの眼に昏い光が宿る、他者の意思など介在する余地などない輝きと共に伴っていた雰囲気が変わる。


「教えてやろう畜生よ、我が授かりし聖具の力とは貴様の様な者を戒め、躾るものなり」


空気が変わる、目の前の男になにかおぞましい予感がして今なにかをしなければ不味いとアレッサの本能が訴えかける。


「“天に輝く火よ、大いなる御身より零れし一欠片を借り受ける”!」


アレッサが詠唱を行うと杖の先に炎が集束していく、大気を焦がす熱が集束した炎から溢れ出す。


「“天焼閃火ソル・ダスト”!」


放たれたのはアレッサが使える最大の魔術、範囲と威力を極限まで絞って詠唱を短くしたものだがそれでも街中で使う様な魔術ではない。


だがアレッサは躊躇しなかった、今余計な事を考えれば殺られると判断したアレッサは可能な限り省略した最大の魔術を放った。


太陽の欠片を思わせる炎はバスチールに向けて進み…。


「拘束解除、これは魔を封ずる鎖なり」


鎖が交差する様に振るわれると炎は鎖に吸い込まれる様に消えていった。


「なっ…」


アレッサは目の前の光景が信じられなかった、自身の最大の魔術が事もなげに無効化される等想像してなかった。


だから足に忍び寄っていた鎖の存在に気付くのが遅れた、気付いた時には足に鎖が蛇の様に巻きついており体が引っ張られて宙を舞うと壁に叩きつけられる。


(不味い!)


痛みをこらえてなんとか意識を飛ばさない様にして鎖を外そうと魔術を行使しようとする、だが…。


(魔力が、吸われて!?)


鎖が触れてる部分から魔力が抜け出していく、それが分かった瞬間再び宙を舞って壁に叩きつけられる。


それが幾度も繰り返され、やがて石畳に叩きつけられて鎖が外れた頃にはアレッサは満身創痍となっていた。


バスチールは倒れ伏すアレッサに歩み寄ると頭を踏みつける。


「か…はっ…」


「分かったか?理解したか?貴様等がどれほど牙を研ごうと我が聖具の前には鎖に繋がれた畜生に過ぎないとその身に刻みこんだか?ならば畜生風情で牙を剥いた事を悔いて逝け」


鎖が音を立ててバスチールの手に収まり、その穂先がアレッサに振り下ろされようとした。


「や、やめてください!!」


悲痛な声が響いてバスチールの動きが止まる、そこにはナイフを自分の首にあてがったリリアが立っていた。


「わ、私が目的なら私を連れていってください、でもアレッサさんを殺したらここで死にます」


ナイフを持つ手が震えている、ガチガチと歯を鳴らしている姿は見ていて痛々しい。


バスチールはそれを見ると脱力して鎖を腕に巻きつけ直すとリリアに近づく。


「たかだか畜生の為に同胞に成りうる者を失う必要はない、いずれ潰えるものを一時の不愉快を解消の為に潰す必要もない」


そう言ってリリアの腹に拳を叩き込む、不意に襲った痛みに意識を失ったリリアをバスチールは担いで歩き出す。


「せいぜい無為に生きるが良い、近いうちに主によって貴様等の様な石ころ汚泥共は裁かれるのだからな」


そう言い残して去っていくバスチールの背を見ながらアレッサは激痛に耐えながら考える。


このままじゃリリアはなにをされるか分からないが確実にろくな事じゃない、だけど自分はもう動けない。


思考を巡らせる中で懐から筒状の魔導具を取り出す、嵌め込まれた魔石を押し込むと筒の先から火球が飛び出し、空へと昇っていった…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る