12:開き、塞がる傷
失念していた…。
アレッサから聞いていた治療院と居住区はそこまで離れてない、なら彼女が居住区から治療院へと通うのは想像できた筈だった。
久しぶりに会ったリリアは冒険者の時に来ていた法衣ではなく簡素な平服を着ており、他者からすれば一般の女性にしか見えない。
だがレイルからすればそれは故郷で共に過ごした時を思い出させる姿であり…。
「…っ」
同時にレイルを裏切っていた姿を思い出した事でごちゃ混ぜとなった感情が圧となって一瞬だけ漏れ出る。
「ひっ!?」
「レイル!?」
圧はリリアを恐れさせるには充分だった様で短い悲鳴を上げるリリアとこちらを見上げるセラを見たレイルははっとして頭を振るうとセラの手を取る。
「すまない、行こう」
「…いいの?」
そう言って通り過ぎようとする、手を引かれながらもセラはレイルに問いかける。
「もう…関係はない」
まるで自分に言い聞かせる様に吐き捨てるとレイルはギルドへ向かった。
―――――
ギルドの談話室でシャルを待っているとセラがレイルに時折視線を向けてくる、だがそれ以上の事はせずになにかを問いかける様な事はしない。
「…聞かないんだな、なにも」
「聞いて欲しいなら、聞く」
「…いや良い、ありふれたつまらない話だ」
「私はレイルじゃない、だからレイルがどんな傷を負ったのかは分からない…でも」
首の輪に触れながらセラは静かに、されど揺るがない意志を込めた声で告げる。
「レイルが苦しむ姿を見ると悲しい、だから貴方が話す事で楽になるなら聞かせて欲しい…同情したり慰めたりは上手く出来ないけど傍にいる事は出来る」
そう言ってセラはレイルを見つめる、告げられた言葉は下手に同情したり慰めるよりも真摯にレイルを案じているのだと分かる。
「…くだらない話だが聞いてくれるか?」
「ん、話せるとこまでで良い」
そうしてぽつりぽつりとレイルは話し始める、自分が一人になるのを選んだきっかけを、幼い時から信じていた人の事を、裏切りを知って激情を身に宿したあの日からの事を…。
セラはそれに怒るでも哀れむでもなく、ただ傍で聞き続けた…。
―――――
全て話し終えてセラに視線を向ける、彼女は話を聞く姿勢のままレイルをじっと見ていた。
情けない男だと幻滅しただろうか、そんな事を考えているとセラは徐に話し出す。
「ずっと、独りだったのね」
「…独り?」
「私は弱かったから先生と会うまで独りだった、でもレイルは強かったから…誰かに頼る事が出来なかったから独りになった」
「誰かに、頼る…」
「自分の意志で考えてなにをするか、なにかを決めるのは良い…でも人は辛い時に誰かを頼るものだと思う」
告げられたその言葉にレイルは呆然とする、それはレイル自身が気付かなかった…気付けなかった所だからだ。
「でもレイルは強かったから辛くても一人でなんとかしてきた、周りの人達もレイルなら大丈夫だと思い込んでた…レイルの心は傷のつかない強いものだと考えてそれが当たり前になってたからレイルは頼らない、いえ
それこそレイルが持つ歪み、幼少から頼られる事が多かったレイルは弱みを見せれる相手が、曝け出す機会がなかった。
普通であれば吐き出せずに蓄積されたそれはどこかで溢れる筈だった、だがレイルはなまじ優れた能力と思慮があった故に耐えれてしまった。
例えるなら怪我をして痛いと泣き叫ぶ子と怪我をしても叫ばず我慢して自分で手当てする子、レイルは後者であり他者がどちらを心配するかは明白であろう。
そしてレイルはそのまま育ってしまった、誰もレイルの痛みに、レイルの心の負荷に気付かないまま、誰かに頼る方法を知らないまま彼は生きてきた。
そうして蓄積された負荷は恋人の浮気という一刺しを自暴自棄になってしまう程の傷に変えてしまい、自分自身では塞げない傷を抱えたまま彼は新たな生き方を見つけた。
「レイル…」
セラはレイルの手を取る、両手でレイルの手の平を包み込む様にして言葉を紡ぐ。
「辛かったら辛いって言って良い、苦しかったら苦しいって言って良い、私はそんな事でレイルから離れたりしない」
「だから自分にも優しくしてあげて…」
しばらくの間、沈黙が室内を包むがやがてポタリ、ポタリと雫が落ちる音が響く。
雫はレイルの両目から流れ落ちていた、止めどなく溢れてくる涙が頬を伝って落ちていく。
セラはそれを見るとゆっくりとレイルの頭に手を回して胸元に引き寄せる、いつものレイルなら振り払う事も容易い筈だが抵抗する事なく抱きしめられる。
「…自分でなんとか出来たんだ、だから大した事じゃないんだって思ったんだ」
「大した事じゃなくても誰かを頼るのは悪い事じゃない」
「…誰かが我慢できない程辛くて泣いてるのに、大丈夫な自分が泣いたらいけないと思ったんだ」
「そんな事ない、誰だって辛くて苦しかったら泣いても良い」
「…自分のせいで関係のない人を巻き込みたくなかった、だけど我慢できなくて、あのままじゃ自分を抑えきれないと思ったから一人になって…結局ハウェル達に迷惑を掛けた」
「誰だって迷惑を掛けて生きてる、迷惑を掛け合って助け合えばそれで良い」
「情けない自分になりたくなかった、情けない所を見せたら慕ってくれた人達がいなくなると思ったから…」
「私はいなくならない、貴方がどんなになっても傍にいる」
「…俺は、弱い自分が嫌いだ」
「私は嫌いじゃない」
レイルが誰にも溢さなかった思いを吐き出していく、セラはそれを優しく否定していく。
レイルの心の傷はようやく塞がり始めた…。
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