11:嫉妬の果てに(セネクside)


セネクはとある騎士の家系の出身だった、とりわけ剣で武功を立てた過去がある家だった故にその長男であるセネクにもその期待が掛けられていた。


だがセネクには才能がなかった。


生まれつき虚弱体質なセネクは鍛練を積んでもようやく人並みと言ったレベルしかなかった。


弓も普通のものは引けず、短弓の様なものでなければ扱えなかった。


それでも努力した、威力のない矢に毒や状態異常の魔法を付与したり知識を得たりなど足りない所を補う努力をした。


“騎士たるものがその様な汚い手を使うとは何事か!”


だが父はその努力を認めなかった、それどころか才能を持った弟の方ばかりに関心を寄せていた。


“あれじゃ騎士にはなれんだろうな”


“あんな者でも兄として慕うとは弟様はお優しくあられる”


他の貴族や使用人達は事ある事にセネクと弟を比べて笑っていた。


“兄様、僕にも勉強を教えてください!”


弟は剣の才能だけではなかった、勉学に対しても真摯で兄であるセネクにも敬意を抱いて接する器があった。


だがその時にはセネクにそれを受け止める余裕はなかった、この弟は自分が勝る知識すら奪うつもりなのだと思い込んだ。


“いい加減にしろ!私からまた奪う気か!?”


“あ、兄様?”


“父も使用人共も他の奴等も!私の努力を無駄といってお前だけを評価する!私をこれだけ惨めにさせてまだ足りないのか!?”


感情のままに弟に向けて怒鳴った、我に帰った時には弟は部屋を出ていた。


弟に害意を示した自分を父は許さないだろう、そう判断したセネクは父親の金を盗んで家を出た。


そうして冒険者となり、野伏として働くなかで実家に嫌気が差して冒険者になったハウェル達と会ってパーティーを組んだ。


そして出会ってしまった、レイルという燻っていた嫉妬の火を焚き付ける存在に。






―――――


きっかけはハウェルとオーク討伐依頼に出た際の事だ、報告になかった上位種のハイオークに苦戦していた時、偶然通りかかったレイルとリリアが助けたのだ。


セネクにとっては忘れがたい光景だった、駆け出しでありながらハイオークを相手に一歩も引かず渡り合うレイルの姿が、なまじ剣の鍛練を積んだ故に分かる、レイルには弟が霞む程の天賦の才があるという事が…。


態勢を整えたハウェル達によってハイオークは討伐された、そしてすぐにハウェルはレイル達を勧誘し、レイル達もそれに応じた。


自分の時はあんなに熱の籠った勧誘じゃなかったのに…。


生まれた嫉妬の火は時間が経つ毎に大きくなっていった、レイルが等級を上げる度に、活躍する度に、誰かに期待される度に、好意を向けられる度に、そんなレイルが自分に親しみを持って接する度にそれは激しさを増した。


だから奪った、レイルが持っていたものを、あの男が得る筈だったものを自分が先に手にしたという優越感は人生で絶頂と言える程の快感だった。


だがその絶頂も長くは続かなかった、レイルの脱退によって事が明らかになったセネクは身の危険を感じ取ってフォルトナールに逃げた。


だが既に嫉妬に囚われたセネクは自分より人間的に劣ってるとしか思えない者ばかりが評価されるフォルトナールで荒んでいき、揉め事を起こしてはパーティーを抜けるを繰り返し、そしてレイルと再会する事になる…。






―――――


「くそっ!!くそくそくそくそくそくそくそくそくそがぁぁぁっ!!!?」


ゴミから這い出たセネクは叫ぶ、落ちぶれた姿を見られたどころか手も足も出ず叩きのめされゴミを見る目で見下された。


それはセネクのなけなしのプライドを砕き、嫉妬の炎が殺意となるのに充分過ぎた。


「殺してやる!私にだって才能があれば!才能があれば…」


だが次第にその声は小さくなっていく。


殺す?ナイフも刺さらない相手をどうやって?今の自分と奴では比べるのもバカバカしい程の力量差があるのに?


肥大化する嫉妬とは裏腹にどうにもできない現実に心が折れそうになる、ぐしゃぐしゃになった情緒に心が壊れそうだった。


「あらあら、随分と深い業ですこと」


そんな声が響いたのはその直後だった。


声に視線を向けるとそこには修道服を纏った女がいた、顔は黒いヴェールに包まれ、十字架を模した様な槍を手にしている。


「なんだ!?お前も私を見下すのか!?」


「いえいえ、主に仕える者としてその様な事はしません」


そう言って女はセネクに手をかざして回復術を発動する、そしてセネクに向けて囁きかけた。


「才能があれば、と仰っていましたがおかしな言い方ですね、それでは貴方に才能がないみたいに聞こえますよ?」


「!…事実そうなんだよ!私には才能がないんだ!才能があれば今頃こんな目にはあってなかったんだ!!」


「それは違います」


セネクの血を吐く様な叫びを女は感情の揺らぎなく否定する。


「人は誰しも才能があります、それを様々な要因で目覚められないだけ…本来は誰もが持ってる主からの贈り物ギフテッドなのです」


綺麗事だ、そう言い返そうとするセネクの声は続いた言葉で止められる。


「私なら目覚めさせてあげられますよ?」


それは毒の様にセネクの脳に響いた。


「私なら貴方に眠ってる才能を目覚めさせてあげられます、貴方のその魂はそれを呼び起こせるだけのものがありますから」


普段ならば胡散臭いと相手にしなかっただろう、だが今のセネクにとって女の言葉は麻薬の様に心に染み渡る。


「本当なのか?」


「ええ、主に誓って嘘は言いません」


そしてセネクは求めた。


「欲しい!私に才能があるなら!あの男を殺せるならなんでもしてやる!」


女は口の端を吊り上げると再び手をかざす、すると爪が伸びてセネクに刺さり、そこから異質な魔力が流れこむ。


「あ、がっ!?ぐあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?」


流された魔力がセネクの体を駆け回る、肉体を破壊して強靭なものに造り変えていく。


奥底にあった本能、衝動が引き出されていく、自身を人間として保っていたものがベリベリと剥がされていく感覚を最後に理知的な部分は消失していく。


「うふふ、思った通りの逸材でした、この様な拾い物をするとはこれも主の導きでしょうか?」


セネクだったものに拘束の魔術を施した女は口を吊り上げたまま天を見上げた。


「でもまだまだ、もう少し頭数を揃えて万全にしなければ怠慢だと主に怒られてしまいますわ…」


天には女の口に似た三日月が昇っていた…。

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