第3話 2090年 愛情

 先日、母が死んだらしい。


 俺は少ない預金を崩して、実家に帰ることにした。


 先週仕事をクビになったばかり、痛い出費だ。


 俺だけではない。ここ数十年あらゆる場所で、ロボットが人間の仕事を奪ったのだ。


 一方、ロボットを働かせる社会の上層部たちは裕福になるばかり。


 結果、各地で失業者達の不満が爆発し、あらゆる場所で反ロボットを掲げるデモ活動が行われている。


 この問題は世界中で起きている。


 そして俺が今から行く場所は、特にその活動が過激な地域だ。


 この国でロボットが特に普及している街。


 そこでの反ロボットの活動の過激さはテロ行為といっても過言ではなかった。


 そこに俺の母は住んでいた。


 


 電車が使えないために、街へ行くのに苦労した。


 街並みは、俺が子供のころと全く違ったものになっていた。店のほとんどが閉まっていて、人の気配がない。


 代わりに街の通りにはロボット達の残骸が辺りに散らばっていた。街のデモ集団によって壊されたのだろう。店によってはガラスを割って中まで侵入した形跡がある。


 遠くから、おそらくデモ集団の声が聞こえてくる。おそらく市庁の周りで活動しているのだろう。


 近くに行くとデモ集団が警備ロボットに攻撃していた。


 しかしロボット達は、人間へ決して反抗しない。そうプログラミングされているからだ。


 そのため暴徒を鎮圧するための仕事は、主に人間の警察たちがしている。


 俺はそれを横に実家へ歩みを進める。




 実家の前まで来た。祖父がお金持ちだったために、この街では珍しい立派な一軒家だ。


 しかし、ここにも被害が及んでいるようだ。家の周りにもロボットの残骸が横たわっている。


 玄関の鍵が開いている。過激なデモ集団が中に入っているのかもしれない。


 念のため、玄関に置いてあった、子供の頃に俺が使っていたバッドを持つ。おそるおそる中に入るが、人の気配はない。




 奥の和室に入ると、そこには喪服を着て横たわる数体のロボットの残骸と棺桶に入ったままの母の遺体があった。


 どうやら葬儀の最中に襲われたようだ。


 和室を見渡す。無残に横たわるロボットの残骸たち。家で働いていた家政婦ロボットなどだ。


 そして、坊さんの姿をしたロボットが一体。


 喪服を着たロボットの数と、残された座布団の数からして、おそらく葬儀に参加していたのはすべてロボットだったようだ。


 母の葬儀に人間は来ていない。 


 母には親しい仲の人間は一人もいなかった。


 きっと母は生前、自分の葬儀を全てロボット達にしてもらうようにしていたのだ。




 突然、横の扉が開く。


『よかった来てくれたんだな』


 男のロボットが一体、奥に隠れていたようだ。


 そのロボットを俺は良く知っている。


『来てくれないと思って心配だったんだ。街は危険だからな。皆、母さんの葬儀の最中に襲われたんだ。幸い、奴らの狙いはロボットだけだったから、母さんには触れなかった。俺は予備があったから、何とか今もこうやって動けるんだが』


 ロボットは、俺になれなれしく話しかけてくる。


 そいつの顔を見ていると俺は怒りを抑えることができなかった。


「そうだよな!お前はおふくろにとって特別な、夫の役のロボットだからな!!!』


 俺はロボットの頭を玄関にあったバッドで思いっきり殴った。


 凹む装甲のにぶい音と壊れた機械の音が、家中に響き渡る。


『な、なにをするんだ・・・。父さんに向かって・・・!』


「お前なんかが父親のわけないだろ!!」


 俺は休まずバッドで殴る。無駄に高性能の装甲をしているため、簡単には機能が停止しない。


「なんでお前みたいな機械が家族なんだ!なんであいつはそんな奴しか愛せないんだ!!それなのになんで俺なんかを産んだんだ!!!」


 母は故意か不本意か、どこかの男と子供をつくった。


 男とはすぐに別れたそうだが、母は俺の面倒はすべて子育てロボットに任せた。


 俺のことなど見向きもしなかった。


 ロボットが損傷で、今にでも壊れてしまいそうになりながらも答える。


『母さんは・・・。お前を愛している・・・!』


「嘘だ!」


 母から愛を貰ったことは一度もない。おふくろはいつもお前といたじゃないか。子育てはロボットに任せ、いつも夫役のロボットと楽しく生活していた。


 俺の母はロボットしか愛せないのだ。


「だったら、説明しろよ・・・」


『・・・』


「おふくろが俺を愛していた理由を説明しろよ!!!」


 俺は精一杯叫んだ。


 俺の機嫌を損なわないために適当に選んだ言葉ではなく、ロボットお得意の論理回路で導き出した愛の証明が欲しかった。


『・・・』


 ロボットは機能を完全に停止していた。破損が激しかったのか、全体がショートしている。


「くそっ!!」


 俺はバッドを床にたたきつける。




 しばらく経った後、俺は家に火を放った。デモの騒ぎでこの火事も目立たないだろう。


 俺は燃える家を背に向ける。


 これからどうするか。


 ロボットは俺の全てを奪った。


 俺は決してロボットは愛さないと心に決めた。

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