16.無事に保護者を発見しました(そしてわたくしはちょっと負傷しました)

 さて……最近のクイズで鍛えられた眼力を使うことにする。

 女の子を見つめ続ければ、ほんのりと立ち上る青みがかった煙が見えてくる――貴族の子どもっぽかったですし、期待通りで安心した。


「シャンナ、何か見えそう?」

「少々お待ちを――色を覚えます」


 人の持つ魔力は千差万別――種類、質、量の違いは、色の濃さや煙や光といった見え方に出る。

 そして魔法とは大概遺伝する。

 つまり、この小さい女の子の魔力が見えるわたくしであれば、同じ魔力を持った年頃の男性を見分けることができるのでは? という作戦を思いついたのだ。


 わたくしに見つめられて幼児がまたぐす、と鼻をすするが、殿下が優しい声をかけられると我慢する。なるべく早く済ませてあげなければ。


(おそらく人通りの多い方ではぐれたのだと思いますが……)


 お手本を充分目に焼き付けたわたくしは顔を上げ、雑踏に視線を向ける。そのまま少し眺めていると、ロジェが話しかけてきた。


「なんか見えたか? ちびすけの歩いてきた残像とか」

「わたくしの目をなんだと思っているんですか。そんな面白機能はありません」


 ああでも、ロジェの茶々はいい発想です。

 直前の残滓なら、目を懲らせば見えるはず……そしてその残滓を、順々に追っていけば、あるいは。


「どこ行くんだ?」

「移動されるとさすがに薄すぎますし、人がいて見えないのですが、止まっていた場であれば、迷子になったことで情緒不安定になっており、魔力が漏れやすいので――」

「つまりまとめると何なんだよ」

「……痕跡をたどっていけば、はぐれた場所ぐらいまでは戻れるのではないかな、と。迷ったときの鉄板でしょう、スタート地点に戻るのって」

「……あ、わかった。なんか見たことあるなって思っててさ。これ、落とし物の匂いから持ち主特定する犬だ」

「ちょっと集中切れるんで、黙っててくれませんかね!」


 本当にこの苦学生は!


 幼児の機嫌を取りながら、わたくしの邪魔をせず少し後ろをついてきてくださる殿下を、少しは見習ったらどうなのか。いや見習う見習わないの前に、そも隣国皇子を迷子係にさせているのがどうなのか。ご本人はずっと笑っていらっしゃるけど……。


 いけない、集中。殿下のためにも早く迷子の保護者を探さなければ。


 わたくしたちは街の人混みの中を進み、大通りの方までやってくる。


 馬車の行き交いも活発な場所になり、殿下がそっと幼児と手を繋ぎ直している。もう一方の手はロジェが確保しており、二人のお兄さんに両手を握ってもらった彼女は、まんざらでもなさそうにぴょんぴょんしている。


「……ここで切れてますね」

「じゃあ、この辺りではぐれたんだ」

「というか、これはもしや……馬車に乗ってきた……?」


 わたくしが痕跡の残り方から半信半疑で問いかけると、幼児は目をまん丸にした。


「なんでわかったの? ばしゃにしがみついてきたこと……」

「へー馬車で……しがみついてきた!?」

「小さい子って元気のスイッチが切れるまでは全力で動き回るから、まあなくはないかな……正式な教育前だけど、貴族の子どもは魔力が豊富なことが多いし……」

「お人形さんみたいな見た目してすげーガッツだな、おい……」


 ロジェは驚愕していますが、殿下は普通の反応。さすが皇族、懐が大きいのですね。

 わたくしは今、「しがみついてきた」の一言でロジェ同様思考が停止しました。


 さて、だけどまだ仕事が残っているので、速やかに再起動せねば。

 大通りの雑多な魔力痕跡の中から、幼児と類似するものを探し、今度はその後を追う。


「探偵というか……やっぱり犬……?」

「ロジェくんが物をなくしても、捜し物手伝ってあげませんからね」

「シャンナ……結構目を酷使していると思うのだけど、無理はしていない?」

「全然平気です。ピンピンしてます!」


 そんな会話を交えつつも、大通りからまた少し歩いてふと顔を上げた先。


 わたくしのワンピースとそっくりな色――紺色の髪の少年が、ちょうど建物から出てくるのが目に入る。


「セディにーさま!」

「……クリスタ!?」


 幼児が嬉しそうな声を上げ、つられてこちらを向いた少年が目を丸くする。


 ――けれどわたくしが意識していられたのはそこまで。

 よかった、任務達成だと気が緩んだ瞬間、唐突にぐらっと視界が歪み、強烈な頭痛が走った。


 思わずその場にうずくまる。


「シャンナ!」


 頭を押さえて唸るわたくしに、殿下が駆け寄ってくる気配がする。ああだけど、顔を上げるのはちょっと難しいかも。首を動かすとずきっと嫌な感覚が走る。


「大丈夫? 気分が悪くなった?」

「わからないです……めまいかな……」


 だって今日、全然良いところがなかったから、せめてこれぐらいって張り切っちゃったのだ。あと純粋に、知らなかった世界が見えるようになったことが楽しくて。そういえばさっき、あれ? ちょっと視界ぼやけてない? とか途中思ったんだったなあ。


(これが精霊眼の反動ですか……目の奥から後頭部にかけてぎゅーっと締め付けられるような)


 眉間とこめかみのあたりが、嫌な脈を打っているように感じる。うう、なんとも形容しがたい気持ち悪さ。


 すると額にぴとっと、ひんやりした感触が押し当てられた。殿下が冷気を作り出してくださったのだろうか。


「まだ痛む?」

「今のでほっとしました……」


 あああ、生き返る……。


 回復中のわたくしの耳に、遠くからはしゃぐ声が聞こえてきます。


「にーさま!」

「どうしてここに……家で待っているはずでは」


 幼児が嬉しそうに駆けていく気配と、応じる低い男性の声。


「なんか、あんたのことを追っかけてきたんだと。ああ、俺たちはその、通りすがりに迷子を見つけたというか」

「……そうか。感謝する。クリスタ、お前からも礼を言うんだ」

「ありがとう!」


 ロジェが事情を説明すると、保護者は妹に声をかけ、幼児は元気よく感謝の言葉を放っている。

 良かった。親御さんによっては、連れ回したことを嫌がるって可能性もあったから、表向きだけでもすんなりと受け入れてもらって。


「……きみは、ロジェ=ギルマンか。それに……なぜ貴方までここにいらっしゃるのです、殿下」


 もうそろそろ目が開けられるかな、と思ったわたくしが次に聞いた言葉は、幼児の保護者がわたくしたちを見比べて正体を言い当てたものでした。


 あれ? さっきぱっと見た感じでは、妹さん同様見るからに良い所のお育ちの方、という風情に見えましたが――ああ、そういうことか。


「ああん? なんで知って――ああ、もしかして。学園の生徒?」


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