17.伯爵子息と令嬢と知り合いになったようです

 立ち話もなんだからと、わたくし達は場所を移すことにした。

 殿下の手当のおかげで薄目ぐらいは開けられるようになったわたくしは、恐れ多くも殿下に介助されながら移動する。


「まさか私を追いかけてきたのか? どうやって」

「うん! ばしゃにね、くっついてきたの!」

「くっついて……? 冗談を言うんじゃない、クリスタ」

「ほんとだもん! うしろののっかれるところ! セディにーさまのおでかけのときは、あそこにひと、いないから!」


 迷子だったクリスタは、追いかけてきた相手と再会できてすっかりウキウキな様子だ。一方の保護者の方は、渋い表情というか、仏頂面である。幼児をたしなめたら得意げな回答が返ってきて、ため息を吐いていた。



 ちょうど近くにテラス席のあるカフェがあったようで、6人でテーブルを囲み、改めての自己紹介から入る。


「……知っている人もいるかもしれないが、一応これがはじめましてのようなものだから。改めて、私はセドリック=オクタヴィアン=ソブール。こちらは妹の、クリスタ=マルティーヌ=ソブール」

「クリスタ!」


 紺色髪の少年は淡々と自己紹介を済ませた。横で幼女が元気よく続ける。


 青みの強い髪色と家名で思い出した。彼はソブール伯爵家の三男だ。実家がなかなかの名門ゆえ、本来であれば当然のごとくAクラス在籍の身分の学生である。


 けれどセドリックは、確かBクラス所属だったはずだ。

 クラスが違うこともあり、見かけたことはあったが、直接関わる機会は今までほとんどなかった。


 こちら側も改めて名乗り終えると、セドリックはわたくし達を見回して眉をひそめる。


「それで……その。クリスタをいち早く保護していただき、私の所に連れてきてくださったことには感謝します。ただ……これは何の集まりなのでしょうか?」


 セドリックは学園の学生だし、わたくしたちを見てすぐに何者なのか思い出せたらしい。

 隣国の皇子殿下と、貧乏特待生と、平凡男爵令嬢。

 ……まあ、あまりに共通項目のない集団に、疑問を覚えるのはごもっともなことだ。


 視線を向けられたのは皇子殿下だ。にっこりと殿下はいつものまぶしい笑顔を……ああ、だめ。今は少し、見続けようとすると目がズキズキ痛む。残念だけれど、今日は殿下鑑賞はほどほどにしておこう。


「シャンナの買い物に、ぼくがついていきたいと頼み込んだんだ」

「……ロジェ=ギルマンは?」

「二人きりで街に解き放つわけにはいかないと思った。俺はお目付だ」


 セドリックは一瞬間を置いてから、「ああ……」などと言って頷いていた。ちょっと。


「にーさま! あげぱん!!」

「……クリスタ。私にわかるように言ってくれ」

「ああ……保護者と再会できたらご褒美にあげるって、さっき話したんだ。大丈夫かな?」


 兄の袖を引いて幼女がおねだりをすると、殿下が素早く解説し、ロジェが鞄から取り出す。するとセドリックは納得したようになり、すっと懐から財布を出す。


「そういうことであれば……お代はいくらでしたか?」

「ええと、それは……」

「いいよ、別に。俺が勝手に買ったんだ。よその家の子に食べ物あげるなんてちょっと無神経だったしさ」


 殿下が言いよどむと、横からロジェが口を出した。セドリックは今度はロジェに目を向け、淡々と告げる。


「きみが出したのか、ロジェ=ギルマン。それならなおさら払わねば」

「あん? どういう意味だそりゃ。庶民の懐事情を察してくださってるってか?」

「別に含意なんてない。ただ、こういうことはきっちりしておきたいだけだ――」

「パンー! ねえ、パンー!!」


 にらみ合い、怪しげな雰囲気になった貴族と平民だったが、幼児の催促で喧嘩の気配は霧散した。セドリックはロジェから揚げパンを受け取り、妹に与える。そして財布から硬貨を出してロジェの前に置いた。


 ロジェは眉を寄せたものの、嬉しそうな顔でパンにかぶりついているクリスタを見ると毒気が抜かれたようにため息を吐き、自分の財布を取り出す。


「これだと多い。釣りだ」


 せめてもの意地だったのだろうか。セドリックもそれ以上ごねることはなく、釣りといわれた分を大人しく受け取っていた。

 金の足りてない庶民に分けてやるよ(笑)なんて貴族ムーブではなく、本当にただ貸し借りをきちっとしておきたいだけだったらしい。


 まあ、お堅い人間であることは、きっちりボタンを留めているファッションなどからすぐにわかる。そういう性分なのだろう。


 そんな堅物の彼だが、パワフルな妹には頭が上がらないらしい。


「クリスタ、急ぎすぎだ。もっと味わって食べなさ――」

「ん! にーさま!」

「いや……私はいい。というか、あのな。そんな直接食べ物を分け合うなんて、将来淑女となる人間として、はしたな――」

「ん!!!!」

「…………」


 結局兄が負けた……与えられた揚げパンの隅っこをもそもそ囓っている。

 なんというか、和む光景だ。少し前はカリカリしていたロジェも、すっかりにやけ顔である。


「セドリックはどんな用事で街に来たの? もう済んだ?」


 静かに兄妹の微笑ましい様子を見守っていた殿下が、頃合いを見て声を上げた。妹に揚げパンを与えられてちょっと困ったように下がっていたセドリックの眉が、通常通りの形に戻る。


「自分の用事であれば、一応もう終わっていますが……」

「そっか。まだ出かけるところがあるなら、その間クリスタを見ておこうかとも思ったんだけど」

「恐れ多いです、殿下。そのような」


 伯爵子息が真顔で言っている。本当ですよ。百パーセント同意ですよ。

 まあそんな我々の平凡なる主張を、全部発光スマイルでなぎ倒してくるのがこの方なんですけどね。


「にーさま! クリスタ、あそこいきたい! おどーぐや!」


 しかし今日は対セドリック最終兵器が他に控えていたようだ。

 揚げパンを食べ終わって元気もフルチャージされた幼児が、強く自己主張する。


「道具って、魔道具店?」

「……ええ、まあ」

「それならぼくたちもちょうど見てみたい所だったんだ。案内をお願いしてもいいかな?」


 わたくしやロジェ相手だったら、セドリックは断っていたかもしれない。


 しかし、他ならぬ皇子殿下と、そして妹からのお願いである。

 ため息を吐きつつも、彼は首を縦に振った。

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