2.皇子殿下に秘密のVIPルームに連行されました(白目)

 気がついたときには、わたくしは室内に連れてこられていた。

 先ほどとは打って変わった、静かな場所だ。贅沢そうなソファと高そうなテーブルが並んでおり……応接室? いや談話室だろうか? 学園内のどこかではあると思うのだが、見たことのない場所だ。


「シャンナは来るの、はじめて? ここ、VIPルームって言うんだって」

「そうなのですか、なるほど――VIPルーム!?」


 非常に自然な流れで話しかけられたから思わず返してしまったが、今自分がどういうことになっていたか思い出し、しかもどこにいるのか悟ると、ざあっと血の気が引く。


 そうだった。わたくしはなぜか、隣国の第一皇子殿下ハインリヒ様に連行されている真っ最中なのだった。


 そしてVIPルームとは、選ばれし超特権階級――それこそ王族か、それに筆頭する大貴族のみが使用を許される、秘密の空間であるらしい。


 学園は名目上平等を謳い、平民や女子も受け入れているものの、所詮保守主義の王国が作った施設だ。まあ、そういういかにもな場所があっても驚きはしない。


 問題は、なぜそこに男爵令嬢(実質ほぼ平民女子)のわたくしが紛れ込んでいるのかということだ。侵入しただけで不敬罪になりませんか!?


「そこで待っていてね。今用意するから」

「はい……」


 フフ……怯えて固まっていたら、とてもお高そうなソファの上に下ろされてしまった。どこまでも沈み込んでいく柔らかクッション。気絶したい。そしてこんな悪夢からは覚めたい。


 というか殿下、今、用意っておっしゃいました?

 そうか、そういうことですか。完璧に理解しましたよ。


 わたくし、今から殿下に不敬を働いた罪で罰を受けるのですね! 悲しいことに心当たりがある。

 あれはそう、昨日の放課後……。


◇◇◇


「身の程知らず、レオナールさまと別れなさいよ!」


 わたくしは記念広場に足を運び、そこで呼び出し相手から威勢良く指を突きつけられていた。


 記念広場は校庭から大階段を上った先にある、石碑が置いてあるだけの場所だ。わざわざ石碑を磨きに大階段を上る物好きなんてなかなかいないから、いつも閑散としている。


 わたくしを呼び出した女学生は、ふわふわしたピンクブロンドの髪を風に揺らしていた。童顔で背が低い彼女は、実際には一学年だけ下なのだが、中等部以下に見えがちだった。


「ミーニャ=ベルメール……?」

「聞こえなかったの? レオナールさまと別れてって言ったの、この泥棒猫!」

(わたくし、一応正式な婚約者なので、泥棒猫はあなたの方なのでは……?)


 わたくしが困惑すれば、ピンク髪の平民女学生――ミーニャ=ベルメールは重ねて宣言し、バアンと胸を張る。


 ミーニャは今年魔法の才能が認められ、高等部に平民枠で入学したらしい。はじめてレオナールの腕にぶら下がっている彼女を見たとき、「今までと趣が違うな……?」とちょっと感じた記憶がある。


 わたくしは基本、レオナールや彼の連れている遊び相手がわたくしいびりを始めたときは、聞かないふりをした。そうすればすぐに、彼らはわたくしをつまらない奴めと追い払ってくれるのだ。


 貴族のご令嬢からしてみれば、わたくしなんて相手にならないほどの三下に過ぎない。だからといって、わたくしを押しのけて侯爵夫人になるつもりもない。何しろ婚姻自体は現デュジャルダン侯爵閣下の意向である。


 要するに貴族社会では、わたくしは圧倒的底辺でありつつ、強者の庇護を受けている立場でもあり、いびられているなりに結構安定した生活を送れていたのである。


 ところがミーニャは平民であるためか、貴族令嬢たちとは異なっていた。


 いちゃつき現場を目撃したわたくしが無反応であれば、物を取られたと言い出す。それも相手にしなければ、あちらからぶつかってきて制服を汚されたと騒ぎ立てる。

 今までであれば目をつぶってさえいればやり過ごせたことが、ミーニャ相手だとうまくいかない。わたくしの評判なんて元々悪いのだから下がりようがないと言えばそうだけど、どうして放っておいてくれないのだろう……?


 わたくしが放課後の呼び出しに応じたのは、無視すればまたあることないこと騒がれるのではないかと危惧したからだ。この際だし、一度しっかり話し合っておこうと考えた。


「ええと、その……あなたがレオナールさまと仲がいいことは、わたくしも知っています。そのことにわたくしから異議申し立てをするつもりはありません。ただ、わたくしたちの婚約は家同士が決めたことであり、わたくしにはどうすることも――」

「あたし、好きな人と運命の赤い糸で結ばれている女なの。わかる?」

「…………へっ?」

「あたしこそ真実の恋人なのに、あんたみたいな女があたしの上にいることが納得できないのよ。愛人程度で終わるつもりはないわ――最低でも、侯爵夫人よ」


 わたくしはきょとんとした。何を言われているのか、理解が追いつかなかった。


 ピンク髪の女学生は、怪しく目を輝かせ、間抜けなわたくしに向かって手を広げる。


「だから、あんたは邪魔なの――消えちゃえ!!」


 かっと視界が白に染まり、目がくらむ。

 ……そういえばミーニャ=ベルメールは確か、珍しい光属性の魔法適性があって、だからちやほやされていたのだったっけ。

 そんな思考が一瞬頭を巡るけど、目くらましに対応できるわけではない。


 体をすくませていると、どんっ、と勢いよく突き飛ばされた。

 あっと気がついたときは、姿勢は崩れている。バランスを崩した拍子、眼鏡が外れ、パリンと割れる音を聞いた気がした。


 倒れる先に伸ばす手が、何もつかまない――うそ、地面がない。大階段の方に放り出されたんだ。一体何十段あったっけ……手すりもないから真っ逆さま、手をつこうとしてもきっとうまくいかない。


 わたくしは一応風魔法が使えるけど、詠唱して指先から微風を起こせる程度。とてもこの状況を変える力はない。


 幸運で済んだとして大けが。順当に行けば――死。


 真っ白な視界に、今までの経験が流れていくような錯覚。


(ああ……こんなことで終わるのか。誰とも深く関わらず、波風立てずに生きていくつもりだったのに。あの人とは正反対の、細く長い人生を――)


「――わっ!?」


 ……走馬灯が誰かの驚いた声で中断された。同時にわたくしは体に衝撃を感じる。想像していた激痛とは違う、ふんわりと誰かに受け止められたような優しい感触。


「驚いたなあ。王立学園って、空から女の子が降ってくる所なの?」


 うっすらと、恐る恐る瞼を上げたら、見たこともないような麗しの美少年――美青年? がのぞき込んでいた。輝かしい金髪に澄んだ青い目。そしてまぶしい。ものすごく輝かしい。後光みたいなものが見える。

 わたくしはぼんやりしたまま、この世のものとも思えぬ美形の登場に、自分のあの世入りを確信する。


「よかった、もう痛くない……天使様がお迎えに来てくださったのですか?」


 すると彼は金色の睫毛を震わせた後、大声を上げて笑い――そっと涙を拭ってから、優しく訂正してくださった。


「ご期待に添えず申し訳ないね。たまたまいい位置にいただけで、きみの待ち人じゃないんだ。ぼくは隣の国の第一皇子だよ、翼のない迷い人さん」


 ――シャリーアンナ一生の不覚、である。

 学園探索中の皇子殿下に落下激突した上、死後のお迎えと勘違いする、などと。

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