287話「ご招待券」

 今日はコンビニでのバイト。

 この夏休み中は早い時間のシフトも入れて貰っているため、今日は真昼間からレジに立っている。


 外は今日も今日とて真夏日で、店内との気温差がすごいことになっている。

 入ってくるお客様はみんな、外の突き刺すような暑さから冷房の効いた涼しい店内に、ほっとするような表情を浮かべている。


 そんな今日のバイト、世間は平日かつ時間が早いこともあり、普段と比べるとさほど忙しくはない。

 忙しいのは大変だが、暇は暇で時間が流れるのが遅く感じられて辛い。

 とりあえずやれることをやろうと、レジ周りの整理や陳列を整えたりしていると、また新たなお客様がやってくる。


 ピロリロリーン。


 その聞きなれたメロディーにいらっしゃいませ~と振り向くと、そこには俺のよく知る人物の姿があった。



「ふわぁ、涼しい~!」


 手でひらひらと自分の顔を仰ぎながら、生き返るような表情を浮かべているのはしーちゃんの姿。

 そう、今日も俺のバイトに合わせてコンビニまで顔を見せてくれたのである。



「しーちゃん? いらっしゃい」

「あ、たっくんいた! いらっしゃいました~」


 俺の顔を見るなり、見つけたとばかりに嬉しそうに微笑むしーちゃん。

 そんなしーちゃんを見られるだけでも、バイトの疲れも一気に吹っ飛んでいく。


 この間は家族水入らずで楽しんでいたしーちゃんだが、どうやら今日は一人のようだ。

 夏なので、Tシャツにデニムのスカートというカジュアルな服装でも、着ている人がしーちゃんであればそれだけで様になっている。


 それはやっぱり、しーちゃんが特別だからに他ならず、彼氏だからという贔屓目を抜きにしても、ただここに存在するだけで目立ってしまう魅力に溢れている。


 そんなしーちゃんが、こうして俺に会いに来てくれているのだ。

 それはやっぱり嬉しいことだし、思わずバイト中であることも忘れてしまいそうになる自分がいた。


 しかし、今は時給が発生している以上それは許されないため、俺はずっと会話をしていたい気持ちをぐっと堪えながら、「ごゆっくりね」とだけ伝えてレジへと戻る。


 それはしーちゃんも理解してくれており、「ありがとね」と買い物を始める。

 そんなしーちゃんの姿をレジから眺めながら、昔の挙動不審だった頃のしーちゃんのことを思い出す。


 ――あの頃は変装してて、面白かったよなぁ。


 いつもここへ来ては、必ず何か爪痕を残していってくれたあの頃のしーちゃん。

 そんな当時のことを、俺はしーちゃんが買い物に来てくれる度に思い出す。


 今は涼むついでに、雑誌のページをパラパラと捲っているしーちゃん。

 手にしているのは女性向けファッション誌で、雑誌を読んでいるだけでも様になっているというか、やはり本来自分では手の届かない存在――。


 でも時折、こちらに目を向けては嬉しそうに微笑んでくれるその姿は、間違いなく自分の彼女のしーちゃんなのである。


 そんなコンビニでの、ある意味二人きりの時間。

 何をするわけでもないけれど、ただそこにしーちゃんがいてくれるというだけでほっとしている自分がいた。

 それはきっと、しーちゃんも同じなのだろう。

 こうして同じ空間にいられるだけで、幸せに包まれていくようだった。


 仮にもし、自分がカウンター席のある喫茶店でバイトをしていたら、きっとしーちゃんは同じように通ってくれるのだろう。

 今でこそ大丈夫だけれど、当時の不審者スタイルだった頃のしーちゃんだと思うと色々不味かったのかもしれない。


 だからやっぱり、コンビニで良かったなぁと変な妄想をしていると、思わず笑えてきてしまう。

 今の特別すぎるしーちゃんと、当時の不審者スタイルだった頃のしーちゃんとでは、あまりにギャップがあり過ぎることに。


 すると、そんな笑う俺に気付いたしーちゃんは、慌てて髪型を気にしだす。

 そして慌ててレジまで駆け寄ってくると、「何か付いてる!?」と聞いてくる。


 そんな反応も可愛くて、俺は更に笑えてきてしまう。



「ごめん、ただ今日も可愛いなって思っただけだよ」

「な、なんでそれで笑うの!?」

「そうだね、可愛すぎるからかな?」

「なにそれ!! もう!!」


 笑う俺に、不満を露にするしーちゃん。

 でも可愛いという言葉を向けられることには、満更でもなさそうに照れている。


 そんな反応もやっぱり可愛くて、結局俺はバイト中にもかかわらず結局しーちゃんとの会話を楽しんでしまうのであった。



 ◇



「はい! じゃあこれ、お願いしまーす!!」


 カゴに飲み物やお菓子類を詰め込んできたしーちゃんが、そう言って再びレジへとやってくる。

 ニコニコと微笑むしーちゃんに見られながら、俺はその商品を一つ一つ集計して会計を伝える。



「全部で八百六円になります」

「はぁーい! じゃあこれで!」


 小銭を確認する素振りも見せず、何の迷いもなく財布から千円札を差し出してくるしーちゃん。

 もうしーちゃんの中には、ここでは小銭を支払うという概念が存在しないのだろう。


 であれば、俺も何も言わない。

 それに今回は八百円オーバーのお会計なのだ。

 千円札を差し出すのは他のお客様でもよくあること。


 そんなことを考えながら、俺はいつも通り清算を済ませようとするも、千円札と重なって何かあることに気が付く。


 ――ん? レシートかな?


 レジでバイトしていると、お札と一緒にレシートを出してしまう人は稀にいたりする。

 今回もそれだろうと思い確認するも、それは明らかにレシートではない別のものだった。


 よく見るとそれは、メモ帳の切れ端。

 縁はカラーペンでカラフルに彩られ、真ん中には大きく『たっくんご招待券』と書かれている。



「え? ご招待券?」


 驚いて顔を上げると、そこには悪戯成功というように微笑むしーちゃんがいた。



「そうだよ! たっくんだけに有効なんだよ!」

「俺だけなんだ」

「そう、お菓子買って待ってるからね!」

「なるほど、分かったよ」


 そのご招待券は、しーちゃんからの遊びのお誘い。

 そしてこのお菓子は、その時用ということだろう。

 だから俺も、ありがたくそのご招待券を受け取り微笑み合う。


 そして、お釣りを差し出す俺の手を、しーちゃんは両手でぎゅっと握りしめてくる。



「で、いつ使うの?」

「んー、じゃああと少しでバイトも終わるから、このあととかどうかな?」

「え、今日!? いいのっ!? じゃあ待ってるね!!」


 嬉しさから、ぴょんぴょんと飛び跳ねるしーちゃん。

 そんな可愛らしい反応を前に、俺も自然と笑みが零れてしまう。


 もうコンビニでの挙動不審こそ見られないが、代わりに素のまんまのしーちゃんの可愛い姿が見られる今の方が幸せだ。


 こうして俺は、このあとしーちゃんの家へ遊びに行くこととなったのであった。

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